紗夜と僕 3






  3 夜


「紗夜ー、風呂沸いたぞー」
「どうもなのだー」
 紗夜は居間に戻る俺と入れ替わりで、風呂に向かう。
「さーて、と」
 俺は日課であるメールチェックと、Web日記の更新を始める。
「しかし……『娘が出来ました』って書いてもなあ……」
 ちょっと悩む。
「ま、いいか」
 信じるも信じないも読み手の勝手、と。反応を楽しむのもまた良し。
 適当なことを思いつつ、日記を更新する。
「『今日は僕に、娘ができました』と」
 ……なんか違和感のある文章だな。
 うーん。
 でも、これ以上書きようもないしな。
 ま、反応を見て考えよう。
「……更新終了」
 続いてだらだらと他の人の日記を見始める。
 本日のネタ。くだらない話。
 けれど、それでも読んでしまう。

「あがりましたー」
「おう。じゃあ俺も入るかね」
 よっ、っと重い腰を上げる。
「はう? おとーさんはインターネットするのだ?」
「ま、そんなとこ」
 ホントは『インターネットする』という言葉について二言三言言いたいところだが、今日はいろいろあったので黙って風呂場に直行する。
「おとーさん、これ、触ってもいい?」
「……ああ、壊すなよ」
 紗夜の声に、俺は一瞬だけ躊躇した後、答えた。

「しかし……娘か……」
 湯船につかり、俺は呟く。
 まだ一応二十代だっつーのに、いきなり十五の娘ができた。
 もちろん「娘みたいなもの」でしかないのだが。
 俺はこれから、紗夜にどう接して行けばいいんだろうか。
「ふう……」
 考えがまとまらず、俺は鼻の辺りまで顔を湯船に沈めた。


「ふうっ」
 風呂から出ると、紗夜はまだ俺のノートパソコンに向かっていた。
「はうー」
 紗夜は何かを興味深そうに見ている。
「何見てるんだ?」
 と、紗夜の頭を越えて画面を覗き込む。
「ぐはっ」
 画面には、俺好みの巨乳アイドルの画像が堂々と表示されていた。
 昨日偶然見つけて、喜びのあまりブックマークに登録しておいたやつだ。
「ささささ紗夜さん? 何を見ているのかな?」
 うわずった声で、紗夜に尋ねる。
「はうー、おとーさんはこういうタイプが好みなのだ?」
「あー、えー、そのー」
 答えに詰まる。
 いや好みなのは間違いないのだが。
「……あきこさんもおっきーし」
 声が出ない。
 俺はどうして良いかわからず、口をパクパクとさせるだけだ。
「紗夜もおっきくなるかなあ……」
 と、紗夜は自分の胸を見る。
 微かに「ふくらんでるかな?」と思わせる胸。
「……はう」
 と、紗夜は一つため息をつく。
「えーと、紗夜さん。ちょっとこっちを向いて座ってください」
「はう?」
 俺は紗夜の前に正座する。紗夜も俺に合わせてか、ちょこんと正座をする。
「僕が思うにですね……女性は胸では無いと思うのデスヨ」
「うー」
「だから紗夜さんは、胸のことを気にする必要はないと思いマス」
 微妙に棒読み。
「むー」
「ええとですね。僕は紗夜さんみたいな胸もスキデスヨ」
 僕の言葉に、紗夜は顔を真っ赤にする。
 あ、しまった。
 紗夜は両手で胸を隠すようにして、うつむく。
「いや、決してその……あー」
 言い訳の言葉が見つからない。
 ついいつもの友人と同じような調子でしゃべってしまった。
「……ごめんな、紗夜」
 とりあえず、謝る。
 悪いのは、俺だから。
「むー」
 紗夜は、両手で胸を隠すポーズのまま、顔を俺のほうに向ける。
 そして、上目遣いで俺を見る。
「おとーさんの……えっち」
 がふっ。
「……だーかーらー、そう言う意味で言ったんじゃないんだって。紗夜を元気づけようと思ってだな?」
「しーらないのだー」
 慌てた調子の俺を見て、紗夜が笑う。
「紗夜をいじめたって、明日アキコさんに言いつけるのだー」
「あんですと?」
 ちょ、ちょっと待てそれはまずい。
「えーと、紗夜さん」
 コホン、と咳払いを一つする。
「……一つ、取引をしませんか」
「……取引?」
「今の件を紗夜さんがアキコさんに黙っていてくれたら、僕は紗夜さんのお願いを一つ聞きましょう。どうです?」
「むー」
 腕を組んで考える紗夜。
「うー」
「……どうですか?」
 だめですか?
「わかったのだ。それでいいのだ」
「……そうですか」
 よかった。これでアキコに殺されることは無くなった。
 ほっと、胸をなで下ろす。
「じゃあ、そろそろ寝よう。今日はゆっくりお願いを考えてくれな」
「あ、あの……おとーさん……」
「ん? どうした?」
「あの……そのー」
「大丈夫、あの布団はいつもアキコが使ってる布団だから」
「あう、そうじゃないのだ」
「じゃあ……なんだ? あー、サーバがうるさいのは我慢してくれると嬉しいなあ」
「違うのだ、おとーさんにお願いを聞いて欲しいのだ」
「お願い?」
 紗夜はコクンとうなずく。
「ま、約束だからな。何でもどうぞ」
「……はうー」
 紗夜は緊張しているのか、さっきから盛んに深呼吸をしている。
 ……言いづらいことなのかな。

「あの……紗夜と一緒に寝て欲しいのだ」
「はあ、まあそれくらいならおやすいご用……」
 よかったよかった、お金関係じゃなくて。
 俺、貧乏だからなあ。

 ……って。

「はう?」
 思わず紗夜と同じ口調で疑問符を投げる。
「一緒に?」
「……お願いなのだ」
「ええと、ですね。その、一応僕もあきこさんという彼女がいますからでして、その、いや、えー」
 何を言ってるのか、自分でもわからない。
 ふう、と深呼吸。
「……よければ、理由を教えてくれないかな? 紗夜」
「……紗夜は……暗いところに一人でいるのが、怖いのだ……」
 紗夜はうつむいたまま、話し始めた。
「ふむ」
「暗いところに一人でいると、本当にひとりぼっちになった気がして、すごく怖くなるのだ」
 ま『怖い考えにつぶされる』ってとこだろうか。俺も経験あるな。
「……前の家では部屋の明かりをつけて、CDを流したまま眠ってたのだ」
「そりゃ随分寝づらい環境だな」
 重い空気がイヤなので、適当に茶々を入れる。
「でも、おとーさんのところではそれは無理なのだ、だから」
「……仕方ないな」
 約束だし。紗夜のため、だしな。
「でも、今日だけだぞ? 明日以降はちょっと考えるから」
 俺の言葉に、紗夜は顔を上げる。
「はう、ごめんなさいなのだ」
「謝ってるヒマがあったら、枕持ってきな。明日も休みだけど、紗夜のものとかいろいろ買いに行かないとならんだろ」
「りょーかいなのだー」
 紗夜は元気な声で返事をすると、隣の部屋から枕を持ってくる。
「じゃ、電気消すぞ」
「あ、あう……」
「……おとーさんがいるから、安心しろ」
「は、はいなのだ……」
 それでも、紗夜の声が震えている。
 パチッと、電気を消す。
「はうっ」
 それでも、この部屋は闇にはならなかった。外の明かりが、ぼんやりと窓から差し込む。
「大丈夫か?」
「……大丈夫なのだ」
 まだ少し声が震えている。でもそれも仕方ないことか。
「おとーさん……」
「ん?」
「手、つないでもいい?」
「…………」
 ちょっとためらう。
「……おう」
 伸ばした左手を、紗夜の手が掴む。
 ひんやりとした感覚。
「おとーさんの手、あったかいのだ」
「……心が冷たいからな」
 アキコにも同じことを言ったな、とか考える。
「そんなことないのだ、おとーさんは優しいのだ」
 少し恥ずかしい。
 それは、アキコにも昔同じことを言われたからだろうか。
「……寝ろ」
「はーい。おやすみなさいなのだ」
「おやすみ」
 そう言って、俺は目をつぶる。
 今日一日。
 たったそれだけの時間で、俺を取り巻く環境が随分と変わった。

 ま、なるようになるよな。

 俺は少々の期待とそれなりの不安を胸に、眠りについた。


 つづく。





 俺の望む後書き

 と、いうわけで3作目です。まだ1日終わってなかったんですねえ。はう。
 ま、やっと次の話が書けるな、と。
 少しずつ、紗夜の謎を解明していきたいと思います(ぉ

 では、次の作品で。
 
 2002.08.01 ちゃある






 おまけ


「ケンイチー、おっはよー」
 遠くで、アキコの声がする。
 ドアを開ける音。
 アキコは合い鍵を持ってるので、ウチへは堂々と鍵を開けて入ってくる。
 そっか、今日は休みだっけ……。
「あ、アンタなにやってんの!」
 ったく何だよ頭の上で。
 眠いのに。
 俺はゆっくりと目を開く。

「はうー」

 目の前には、

「……おはようなのだ」

 紗夜の顔。

「おおっ」

 慌てて飛び起きる。どうやら俺は、紗夜に抱きついて眠っていたらしい。
 そっか。
 昨日は紗夜に頼まれて、一緒に寝たんだっけ……。

「さて、説明してくれるよね?」
 俺の目の前で、アキコが仁王立ちしている。
「ええと……」
 さて、どう言ったものか。
「あ、あの……」
 紗夜が説明をしようとするが、アキコが発する威圧感に押されて声が出せないようだ。
 ま、どう転んでも。
「しらばっくれるなぁっ」
「ぐほおっ」

 ……アキコに殴られるのは、わかってたんだよな……。


 つづく。

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