紗夜と僕「紗夜のいない夜」






「ただいまー」
 暗い部屋。こんな部屋に一人で戻ってきたのは、いつ以来だろうか。
 パチ、と電気をつける。続いてエアコン、テレビ。
「この部屋は熱がこもるのが問題だよな」
 一人つぶやいて、俺はスーツを脱ぐ。
 テレビではニュースが流れている。なんだか難しい話題。でもう少しすればスポーツニュースに変わるだろうから、そのまま見ることにする。
「ふう」
 ため息を一つついて、夕飯。
 今日の夕飯は、牛丼。不精者が頼りにする激安フードだ。
「いただきまーす」
「はい」
 ……と、いつもなら答える声が聞こえない。俺は少し間をおいて食べはじめる。
 と、アキコからメール。今食事中だからね、と返事。
 本当に、静かだ。
 いや、テレビからは相変わらずアナウンサーがしゃべっているのだが。

 でも。

 本当に、静かだ。


「ごちそうさまでした」
 やっぱり返事はない。俺は立ち上がって台所脇のゴミ箱に器を投げ捨てる。よく考えたら食べて帰ればゴミを増やさずに済んだな、と今更になって思う。もう遅い。
「ふう」
 一息ついてからアキコに電話。
『どうしたの? 元気ないね』
「んー、仕事忙しいしな」
 いつもの会話。
『そう言えば紗夜ちゃん。今日から帰ってるんだっけ?』
「ああ、一週間な。まあ正月以来だから、ゆっくり甘えてくるといいけど」
『あの子、両親の前だとかえって気を使ってるみたいだからね』
「……俺にも、もう少し気を使って欲しいよな」
『そう? 私は紗夜ちゃんが素のままでいてくれる方がいいけど?』
「ソレハオンナドウシダカライエルノダトオモイマスヨ」
『……何故口調が変わる?』
「いやまあ……なんとなく」
『そっかぁ……紗夜ちゃんいないんなら、今日一人なんだね。泊まりに行けば良かった』
「あはは、休みじゃなくて残念だったな。仕事頑張れよ」
『うむう……それより、ご飯食べた?』
「ああ、牛丼を」
『ならいいけど。紗夜ちゃんいないから、ちゃんと食べてないのかと思って』
「大丈夫だよ」
 苦笑。
 でもやっぱり、アキコとの会話はすごく、自分が幸せになれるな、と思う。
「じゃあ、今日はとっとと寝るよ。疲れたし」
『うん……おやすみなさい』
「おやすみ」
 ピッ。
 また、静寂が訪れる。

 ああ。

 紗夜がいないこの部屋は、こんなにも静かだったんだ。

 久しぶりにいなくなって、改めて思う。
「さて、シャワー浴びて寝ますかね」
 一人つぶやいて、立ち上がる。
 と、不意にテーブルの上の携帯が暴れ出す。俺は突然のことに驚きつつも、素早く電話をとった。
「もしもし」
『あ、おとーさん。紗夜なのだ』
 わかってる。
 そんなのは、電話が鳴った瞬間からわかってるんだ。
「……どうした?」
『うん……おとーさん、ちゃんとご飯食べたかなーって』
「……お前らはホントに俺のこと信用してないだろ?」
『……アキコさんにも言われたのだ?』
「ああ」
『日頃から信用されてると思う方が間違ってるのだ。アキコさんもきっとそう思ってるのだ』
「……そうかいそうかい。で、そっちはどうだ?」
『はうー。お夕飯はローストチキンだったのだ』
「おお。こっちは牛丼だ」
『むー、やっぱり手抜きしてるー』
「……一人分作るのもな、と思ってさ」
『うー』
「ま、こっちはてきとーにやるから、ゆっくりしてこい。またしばらく会えなくなるんだから、さ」
『うん……おとーさんも休みなら良かったのに』
「無理言うなよ。本音は俺も休みたいけど、さ」
『はうー』
「じゃ、おじさんおばさんによろしく。迷惑かけるくらいの意気込みで甘えてこい」
『はーい、なのだ。あ、おとーさんおとーさん』
「うい?」
『玄関のゴミ、ちゃんと出しておくのだ』
「あー、はいはい。ったく心配性だな」
『それだけおとーさんが頼りないのだ』
「はいはい。ゴミはちゃんと出しとくよ……うん。それじゃ」
『おやすみなさい、なのだ』
「おやすみ」
 ピッ。
「ふう……」
 紗夜との会話が心地よい。それは、欠けてしまったものを求めているからなのか。

「あー、風呂だったな」
 俺は微妙な喪失感を覚えつつ立ち上がり、風呂場へと向かった。


「ふー」
 俺はパンツ一丁のままバスタオルを肩にかけ、そのままエアコンの風にあたる。これが気持ちいいのだが、
「年頃の女の子の前でなにやってるのだ!」
 と紗夜に怒られたので、最近やっていなかった。
「今しか出来ないからな」
 その言葉が、むなしい。
 所詮ここで得られた僅かな開放感は、今の喪失感を埋めるには足りないのだ。

 気がつけばニュースは終わっていた。俺はやることもないのでさっさと寝ることにする。
 いつもならばこの時間は、紗夜と勉強したり(既に自分の学力は「紗夜の勉強を見る」ではないのだ。悲しいことだが)、ゲームしたり、無駄話をする時間なのだが、肝心の紗夜がいなければ意味がない。

 俺はテーブルを寄せ、布団を敷き、エアコンのタイマーをセットする。これで準備は完了だ。
 枕元にノートパソコンを開き、テレビと電気を消す。
 あとは、日記を書いて寝るだけ。
 ぱちぱちと、キーを叩いていく。
「……?」
 いつもと違う感覚。
「……こんなに、ファンってうるさかったか?」
 と、つぶやいて気づいた。隣の部屋から流れてくるはずの音楽が、聞こえない。
 隣から漏れる明かりも、ない。
 これは、喪失感と言うよりも。

 むしろ、孤独感。

 ノートに流れるチャットのログ。それすらも、ただの文字列にしか見えない。
 自分が取り残されたような、感覚。

「……寝てしまおう」

 俺はノートを閉じる。
 久々の暗闇が、かえって自分を不安にさせる。

 ……紗夜は、この暗闇に、何を見たのだろう。
 ……この静寂に、何を感じたのだろう。

 孤独と、不安。

 紗夜が抱える思いにはほど遠いけど。

「……帰ってきたら、一緒に寝てやるかな」

 俺はそんなことを思いながら、眠りについた。





 俺が望む後書き


 えーと、突発思いつき作品です。校正もしてません<やれ。
 盆と正月は基本的に紗夜はいないので、そのとき「僕」はどうするんだろうと思って書きました。
 ……ほんとーに思いつきだな、俺。
 何となく直すかも知れませんが、とりあえず、ということで。
 ……「寝てやるかな」って、偉そうですな(ぉ


 2003.08.17 ちゃある。

創作小説のページに戻る