20:09 <%charl> 「不定期即興小説 紗夜と僕 番外編」 20:09 <%charl> めずらしく、紗夜は起きていた。 20:09 <%charl> 僕は最近仕事が遅いため、朝練がある紗夜は大体眠っている。 20:10 <%charl> だから、紗夜の顔を見るなり僕は「おや?」と呟いた。 20:10 <%charl> 「おとーさん、『おや?』はないのだ。帰ったら『ただいま』なのだ。 20:10 <%charl> 「そうだったね。ただいま、紗夜」 20:10 <%charl> 「おかえりなさい」 20:11 <%charl> 紗夜はにっこり笑って答える。 20:11 <%charl> 「で、どうして起きてんだ?」 20:11 <%charl> 「明日は朝練がないのだ」 20:11 <%charl>  ふむ。ならば朝早く起きる必要もないと。 20:12 <%charl>  でも、それだけが理由なのだろうか? 20:12 <%charl> 「で、本当の理由は?」 20:12 <%charl> 「……おとーさんと、買い物に行きたいのだ」 20:12 <%charl> 「今?」 20:12 <%charl> 「今」 20:12 <%charl> 「なにを?」 20:12 <%charl> 「うーん……アイス!」 20:13 <%charl>  ほんの少しの間を置いて、紗夜が元気良く言った。 20:13 <%charl>  明らかな思いつき。 20:13 <%charl> 『ほんとは疲れてるから、さっさと寝たいんだけどな』 20:13 <%charl>  ……とは言えないのが、最近の僕。 20:15 <%charl>  なにしろ家事を全て、紗夜に任せっきりなのだ。 20:15 <%charl> 「じゃ、行こうか」 20:15 <%charl> 「やったーっ」 20:16 <%charl> 「こら、時間を考えろ」 20:16 <%charl>  飛び跳ねて喜ぶ紗夜に注意すると、俺は回れ右をして外に出た。 20:16 <%charl>  + 20:17 <%charl>  コンビニでは、予定通りアイスを買った。まだ寒いのにアイス。 20:17 <%charl> 「大きなお世話なのだ」 20:17 <%charl>  はいはい。 20:17 <%charl> 「ああ、そっちじゃないのだ。こっちこっち」 20:18 <%charl>  来た道を帰ろうとすると、紗夜が僕の袖を引っ張った。 20:18 <%charl> 「え? 帰るんじゃないのか?」 20:19 <%charl> 「遠回して帰るのだ」 20:19 <%charl>  紗夜は何故か、にっこりと笑う。 20:19 <%charl>  そう言えば、最近紗夜と出かけてないな、と思う。 20:20 <%charl>  ……だからか。 20:20 <%charl>  ふと思い立った。 20:20 <%charl>  最近かまってないから、寂しいんだな。 20:21 <%charl>  僕はそう思いながら、紗夜の後をついて行く。 20:21 <%charl>  この先を行くと、公園があるはずだ。 20:21 <%charl>  あまり大きい公園ではないが、確か……。 20:21 <%charl>  やっぱり。 20:22 <%charl> 角を曲がると、たくさんの桜が目に入った。 20:22 <%charl> ここは桜の木がたくさん植えられていたんだっけ。 20:22 <%charl> 「お花見、なのだ」 20:23 <%charl> 紗夜は僕の方を振り返って笑う。 20:23 <%charl> 「そっか……今年は花見、してないもんな」 20:24 <%charl>  正直仕事が忙しくて、それどころじゃない。 20:25 <%charl> 「桜が咲いているうちに、おとーさんと見たかったのだ」 20:27 <%charl>  紗夜の言うとおり、もう桜も終わりの時期だ。若葉が出始め、桜色の木も、徐々に緑に変わっていく。 20:28 <%charl> 「そっか。ありがとうな、紗夜」 20:29 <%charl> 「はう?」 20:29 <%charl>  お礼の意味がわからなかったのか、紗夜は首をかしげる。 20:30 <%charl> 「いや、特に深い意味はないんだが」 20:30 <%charl> 「むー」 20:31 <%charl>  僕は桜を見るという、本の些細なゆとりすら持ってなかったんだな、と思う。 20:31 <%charl>  それを、紗夜は教えてくれた。 20:31 <%charl>  もっとも紗夜にしてみれば、単に僕と桜が見たかっただけかもしれないが。 20:32 <%charl> 「じゃあ、アイスを食べるのだー」 20:32 <%charl> 「今? ここで?」 20:32 <%charl> 「そうなのだ。お花見なのだ」 20:32 <%charl>  そう言って、紗夜は僕にアイスを手渡す。 20:32 <%charl> 「いっただっきまーす」 20:32 <%charl> 「……いただきます」 20:33 <%charl> 「んー、おいしーのだー」 20:33 <%charl>  オーソドックスなバニラアイスを食べて幸せそうな顔をする紗夜。 20:36 <%charl>  寒いんだけどな、と思いつつ、僕もアイスを口にする。 20:36 <%charl> 「……ふむ」 20:36 <%charl>  冷たい甘さが口に広がる。まあ悪くない。 20:37 <%charl> 「おいしい?」 20:38 <%charl> 「……そうだな。もうすこし風が無ければ、もっとおいしく食べられるんだろうけど」 20:38 <%charl>  いつしか風が強くなっていた。眺めている桜の木からも、花びらが散っていく 20:38 <%charl> 。 20:50 <%charl> と。 20:50 <%charl> 不意に強い風がふいた。 20:51 <%charl> 「うわぁ」 20:51 <%charl> 間の抜けた声をあげる紗夜。 20:51 <%charl> でも、気持ちはわかる。 20:51 <%charl> 風が吹き抜けた瞬間、僕たちは桜に包まれたからだ。 20:52 <%charl> それはまるで、淡雪のように。 20:52 <%charl> 公園の明かりと月明かりに照らされ、美しく舞う。 20:53 <%charl> 「綺麗なのだ……」 20:53 <%charl> 「ああ……」 20:53 <%charl>  僕も、一瞬放心状態になるほどの美しさ。 20:53 <%charl>  と。 20:55 <%charl> あの風を最後に、いつしか風はやんでいた。 20:55 <%charl> そして残されたのは。 20:56 <%charl> ……桜まみれのアイス。 20:56 <%charl> 「風流なのだ」 20:56 <%charl> 「じゃあオマエ食えよ」 20:56 <%charl> 「おとーさんのアイスを食べるわけにはいきませんのだ」 20:56 <%charl> 「ああそうですか」 20:58 <%charl> 僕は半ばヤケになって、桜の花びらごとアイスをほおばる。 20:59 <%charl> 口にほおばったアイスが、歯にしみる。 20:59 <%charl> 「おとーさん、そんなムリしなくていいのだ」 20:59 <%charl> 「……へきにんとらないと」 21:00 <%charl> 口の中に桜の花びらがへばりつく。 21:00 <%charl> 「まったくー」 21:05 <%charl> 呆れた顔をする紗夜。 21:06 <%charl> 「んな顔すんなよ」 21:07 <%charl> ようやく食べきった僕は、紗夜の頭をなでる。 21:07 <%charl> 「むー」 21:07 <%charl> 「でも、サンキュな」 21:07 <%charl> 「はう?」 21:07 <%charl> 「紗夜のおかげで、いいものが見れたよ」 21:07 <%charl> 「……そう言ってくれると、紗夜も嬉しいのだ」 21:07 <%charl> 「まあ、でもな、紗夜」 21:08 <%charl> 「はう?」 21:08 <%charl> 「高校二年にもなって、くまのプリントはよろしくないと思うんだが」 21:08 <%charl> 「…………」 21:08 <%charl>  僕の言葉に、急に顔を真っ赤にする紗夜。 21:08 <%charl> 「お、おとーさんのえっち!」 21:09 <%charl>  そう言って、紗夜はたたたたと走っていく 21:12 <%charl> 「おい待てよ、紗夜」 21:12 <%charl>  僕は紗夜の姿を追いながら「ちょっと素直に言い過ぎたかナー」と、反省していた。 21:12 <%charl> おわり。 21:12 <%charl> …………。 21:12 <%charl> 仕事しろよ。