例えばこんな、ラヴストーリー 『添い寝』
ピピッ。
「ほら貸せ」
俺はアコが取り出した体温計をふんだくる。
「……ね? 行けたよね?」
アコはすがるような目で俺を見る。
「……どこに八度六分の熱で遊びに行くやつがいるんだよ」
「……ここ」
そう言って自分を指さすアコ。
「……寝てろバーカ」
「ふにゅう……」
俺は蒲生健志(がもう・けんし)。で、今布団で寝てるのが彼女の織田藍子(おだ・あいこ)。俺たちは仲間内で今日、みんなでディズニーシーに行く予定だった。
しかし、当日になってアコ(ああ、俺たちは藍子をアコって呼んでる)が熱を出した。アコは遅れて行くと言ってたが、声の調子からはひどく悪そうだった。心優しい仲間達は「アコ一人暮らしなんだろ?」「看病行ってあげなよ」「どうせ楽しめないだろ?」「アコの側にいてあげて」などと言い、結局俺は看病に行くことになった。ま、今回のメンバーはみんなカップルだから、俺だけあぶれるのも嫌だってのはあるけど。
で、アコの家に行ったところ、アコが丁度家を出ようとしていた。
「……お、出迎えご苦労」
口調は偉そうだがアコはひどくフラフラしており、何かに捕まっていないと立っていられないようだった。
「馬鹿言ってないで部屋戻れ、部屋」
アコは少し抵抗したが、俺は強引にアコを部屋に連れ戻し、寝かしつけた。
そして、今に至るというわけだ。
「ふにゅう。せっかくのディズニーシーがぁ……」
「アホ。自分の体調のが大事だろうが」
「だってせっかくの前売りチケット……」
「熱出したお前が悪いんだろ?」
「ふにゅう、だって……」
「だって?」
「昨日までのレポートが二つもあったし、アルバイトも休めなかったし……」
「んだよ。自業自得じゃんか」
「でもでも、昨日の夜は平気だったんだよ?」
「ほー、じゃあ何で今熱あんだよ」
「たぶんバイトから帰ってきて、そのまま倒れ込むように寝ちゃったからだと思うんだけど」
「……やっぱり自業自得じゃんか」
俺はもう一度ため息をつく。
「……ね、健志くん」
「あん?」
「……熱下がったら、夕方からでも行けるかな?」
「絶対に許さないから安心しろ」
「ふにゅう……」
どうしてコイツはいつもこうなのか。
アコは決して身体が丈夫な訳じゃない。季節の変わり目には真っ先に風邪をひくし、年中ダウンしている。例えば今日みたいに。
そのくせ人一倍遊びまくるから、倒れる回数も増える。ま、俺に言わせりゃ自己管理が激しく下手くそなだけなんだが。
「ふにゅう〜ど〜な〜る〜どぅ〜」
「うるせえ。今メシ作るから黙ってろ」
「わあ、健志くんのごあん〜」
ころっと態度を変えて喜ぶアコ。
「さて……」
あるもので何が作れるかな、と考えつつ冷蔵庫を開ける。
「……おい、アコ」
「……なーに?」
「……この冷蔵庫に詰まってるゼリーの山はなんだ」
「うん。安かったから買い込んだの。便利だよね、十秒チャージっ」
「もしかして、最近のメシって……」
「自宅ではそれかな。学校行ってれば学食だし、バイトではご飯食べられるけど」
……はあ。
俺は心の中で大きくため息をついた。
どうしてこの女はここまで食生活に無頓着なんだ?
「……ちょっと出かけてくるから」
「……美味しい食材を頼むぞ」
「……てめえ、元気になったらぶっ殺す。それと、ちゃんと寝てなかったら別れっからな!」
「……おう、まかせとけ」
俺は激しく不安になりながら、靴を履いて家を出た。
「……ほら」
作ったのは野菜たっぷり雑炊。ってか野菜スープにご飯をぶち込んだもの。
「あ、いい匂い〜」
アコの笑顔。
その笑顔が激しく可愛いのが悔しい。
「あーん」
アコが可愛く口を開ける。
「あ?」
「あーん」
餌を待つ雛のような態度。
「……てめえで食え」
「……残念」
「アホか」
「だって、病気の時なら健志くんも優しいかなって思って」
「……じゃあお前も病人らしくしてろ」
「あはは、それはそうだ」
ったく、口だけはしっかり動くんだからな。
「じゃ、いっただっきまーす」
アコがスプーンを掴む。
「おろ?」
が、スプーンはアコの手をするりと落ちて床に転がる。
「何やってんだよ」
「あはは……力入らないみたい」
「……マジで?」
一応聞いては見たが、アコはこういう冗談をやる奴じゃなかったな、と思い直す。
「……仕方ねえな」
俺はスプーンを拾うと、台所にいって新しいスプーンと取り替える。
「ごめんね健志くん。今度は頑張るから」
アコの言葉を無視して俺はアコの隣に座る。
「ほら、口開けろ」
持ってきたスプーンで、雑炊もどきをすくい上げる。
息を吹きかけて、少し冷ます。
アコは少し驚いた表情をした後、笑顔で口を開けた。
結局アコはしっかり雑炊もどきを平らげた。そしてそのまま横になる。
「ね、健志くん……」
「なんだよ」
「……添い寝して」
「あ?」
「添い寝」
「……アホか」
「ちぇ……」
残念そうな表情をするアコ。
「さて、しょうがないから帰るかな」
「……帰っちゃうの?」
「ああ、洗濯物も溜まってるし。お前もこの調子なら良くなりそうだしな」
「……側に……いてくれないの?」
悲しげな声に、俺はアコを見る。
「冗談で言ってるんじゃないんだよ。やっぱね、風邪引いて身体が動かないと、アコも不安になるんだよ?」
いつもの笑顔じゃない。
まじめな顔。
「口では冗談ばかりだけど、それは健志くんにかまって欲しいからなんだよ? アコは、いつでも健志くんの側にいたいんだよ……」
「アコ……」
アコの両目に浮かぶのは、涙。
「ね……健志くん、側にいて」
ったく。
「仕方ねえな」
俺はため息をつくと、一言断ってからアコの布団に入った。
「じゃ、寝るまでいるから」
「……寝たらいなくなるの?」
アコの悲しげな瞳。
「……夜までいてやるよ」
「ふにゅう」
布団に顔を埋めて微笑むアコ。
俺はアコの左手を優しく握りしめる。
「ほら、とっとと寝ろ」
「うん……でも……」
「でも?」
「ドキドキして、眠れないかも」
「……じゃあ帰るが?」
「ふにゅう。寝るから隣にいて?」
「……じゃあ寝ろさあ寝ろ」
「ふにゅう。健志くんがいぢめるぅ」
アコの表情に、俺は苦笑する。
「ね、もう一つだけ、いい?」
「あ?」
「ね」
アコはそう言って、ねだるような表情で、目をつぶる。
「ったく」
俺は一つため息をつくと、アコの小さな唇に口づけをした。
おまけにつづく。
俺が望む後書き
添い寝というテーマで書いたつもりなんですが……クライマックスよりも序盤のやりとりが気に入ってしまってます(笑)
ま、こういう「友達みたいなカップル」好きなんですよ、ということで。
2002.10.21 ちゃある
2002.10.22 おまけ追加。
2002.10.23 おまけ修正。
おまけ
「じゃ、買い物行ってくるね」
「……おう」
結局アコの部屋で一晩過ごした俺は、起きたら動けなかった。
代わりにというか、アコはすっかり元気になっており「やっぱうつすと治るね」などとほざきやがった。
こうなると、昨日の態度は風邪をうつすための策略だったのではないかと疑いたくなる。
「買い物はメモの通りでいいのね? アコが料理作ろうか?」
「……コンビニのがまし」
「うん、アコもそう思うけどね」
「……じゃあ言うな」
「あはは、じゃ、行ってきまーす」
アコは笑顔で部屋を出ていく。
「ったく……」
ほんと、あいつには振り回されっぱなしだな。
俺は見慣れない天井を見つめ、ぼんやりと考える。
アコとつきあい始めて半年。
その間に(まあ、それ以前も含めて)何度トラブルに見舞われただろう。
天性のトラブルメーカー。
……そのくせ俺は、アコのことが好きなのだ。
「参ったな……」
落ち着かない。
やっぱヒロあたりに車で迎えに来てもらって、家に帰るかな。
「……そうするか」
俺は砕けそうに痛い頭を動かして、携帯を探る。
ちょうど掴んだ瞬間、携帯が鳴った。アコだ。
「……もしもし」
『あ、健志くん? よかった。トランクスなんだけど、Lでいいよね?』
大きな声でまくし立てるアコ。
「……あ? ああ……」
『わかった。じゃあ今買って一旦戻るから』
「は?」
『だって、パンツ履き替えないと気持ち悪いでしょ?』
「……お前、今どこにいるの?」
『え? うにくろ』
「店内?」
『うん。男性下着売場』
「店内で女がパンツパンツ言うんじゃねえ! ……っつつ」
自分が出した声に対して激しい頭痛が返ってきて、俺は頭を抱える。
『病人はゆっくり休んでたほうがいいよ』
「……誰のせいで……こんなに……」
『いや、健志くんの愛情だねえ』
「……アホ」
『じゃ、買って帰りまーす』
プツッ。
ツー、ツー。
ピッ。
「……なんてやつだ」
俺はいろいろ思うことがあったが、頭痛は勝てず眠ることにした。
……ま。
アコが元気になったなら、それでいいんだけどな。
おわり。