就職  僕の時計が、7時をまわった。  それとほとんど同時に扉が開き、女性が入って来る。  その女性は店内をきょろきょろと見渡すと、僕のいるほうに近づいてきた。 「あら、早いのね」  女性が口を開く。 「ああ、今日は定時にあがれたんでね」  僕は言葉を返す。彼女はすでに向かいの席に着いている。  ウェイトレスが注文を取りに来た。彼女はアイスレモンティーを注文する。  ここは僕達がいつも待ち合わせに使う喫茶店だ。僕達は、ここの静かでゆとりの ある雰囲気を、とても気に入っている。 「そう言えば、どうしたんだ? その服装」  彼女は、普段とはまるで違う格好をしていた。簡単に言えば、リクルートスーツ 姿。 「今日、面接だったから」 「ああ、そうだったね」  今年大学四年の彼女は、今就職活動で大変である。  今年も就職難の上に、四大の女子は嫌がられるという、最悪のパターンの中、 彼女は毎日のように走り回っている。 「で、感触はどう?」 「まるでだめ。四大卒は、それだけでだめね」  そう言って彼女は首を振る。彼女の言葉が、厳しい現状を思い知らされる。 「あ〜あ、これからどうしよ」  彼女がため息をつく。 「なんか、お前の弱気な表情を見るのは久しぶりだよ」 「そう? 私そんなにいつも強気な顔をしているかしら?」 「してるしてる。いつも鬼みたいだよ」 「あ、それって結構失礼かも」 「あ、そう? ゴメンゴメン」 「なーんか謝り方が心こもってないのよね」 「そんなことないって。こんなに心を込めて言ったのに」 「あらそう? 全然感じなかったわ」 「ああ、五年もつきあっていてその言葉は悲しい……」 「あ、もう五年になるんだ」  彼女が不思議そうな顔をする。 「なんか、まだ付き合って間が無いような気がするけど」 「それだけ、お互いが新鮮だって事じゃないですか?」  それはいいことだと思うと、僕は彼女に言った。  彼女が微笑む。  僕は、その彼女の微笑みに惚れたんだ。 「お待たせ致しました」  ウェイトレスがアイスティーを持って来た。丁度会話が止まった時だったので良 いタイミングだ。  彼女がストローを差し、アイスティーを飲む。  そんなちょっとした仕草も可愛く思う。 「ん? どうかしたの?」 「いや別に。ちょっとお前の事を可愛く思っただけ」 「ありがと」 「どう致しまして」  何気ない会話。  でも、僕の心の中は緊張しっぱなしだった。  今日こそ、彼女に言おうと思っていたことがあるんだから。 「あ、あのさ……」 「なーに?」 「あ、えーと、今日は何食べよっか」 「いいんじゃない? いつものファミレスで」 「そう? たまには違うものも食べたくならない?」 「うーん、私ふところが寂しいからなあ……おごりだったら食べてもいいな」 「またそういうことを言う」 「ね、だから今日もいつものファミレス」  そう言って、彼女はアイスティーのストローを口にくわえた。  結局、僕達はいつも使っているファミリーレストランで夕食を取る事にした。  メニューは少ないが、とにかく安いということで僕達は愛用している。  僕達はしばらく、友人の事とか仕事や学校の事とかを話し合った。その内に料理 が運ばれて来て、少し静かになる。 「ところでさ。来週の土曜日暇?」  彼女が、口を開いた。 「ん? とりあえず予定はないけれど……なんで?」 「ん、ディズニーランド行こうよ」 「はあ?」 「友達にさ、パスポート2枚貰ったんだ。前期にレポート手伝ったお礼としてね」 「……それって、何故か俺までやらされたやつか?」 「そうそう。それのこと」 「それは行かないとなあ。正当な報酬だもんなあ」  ハンバーグを頬張りながら僕は答えた。 「ねえ、口にもの入れながらしゃべるの、やめよーね」 「はい」  なんか、主導権握られてるなあ……。  そろそろ本題入らないと……。 「ところで、さ」 「ほら、また口に入れたまま」  彼女がにらむ。  僕は仕方なく黙る。  もぐもぐ。  ごっくん。  よし。 「でね」 「うん」  ほっ、やっと話に入れる。 「お前、もし就職決まらなかったら……どうするんだ?」 「うん……それなんだけどね……」  彼女の声が少し低くなる。  かなり真面目に考えているようだ。 「まさか就職浪人なんてできないからさ……でも、どうなんだろう……よくわから ないな」  まだ彼女も決めかねているようだ。 「でも、とにかく決めるよ。就職」  自分を元気付けるように、彼女が言った。 「そうだね。でも……でももしさ、就職が決まらなかったら……」 「なんか嫌な言い方ね」  彼女が突っ込む。 「ああ、ごめん。でもまあ、もしの話だからさ」 「うん……それで?」 「うん……それで、もし就職が決まらなかったらさ」 「決まらなかったら?」 「決まらなかったら……僕の所に永久就職してくれないか?」 「……え?」  彼女がキョトンとした目で僕を見る。  まだ僕が言った言葉の意味がわかっていないのだろうか。 「あ、あーっ」 「ちょちょっ、大声をあげるなって」 「あ……ごめん」  まわりの視線が気になったのか、いきなり小声になる。 「ね、それってプロポーズってこと?」  僕に向かって小声で囁く。 「ま、そんなとこかな」  僕は顔が熱くなるのを感じながら、答える。 「ありがと。嬉しいな」  ちょっと、戸惑ったような表情。 「嬉しい……だけ?」  彼女の表情に、僕は不安を感じた。 「ううん、そんなことないよ……。私みたいな人間で良かったら、お受けいたしま すわ」 「ほんと?」 「ほ・ん・と」 「よっしゃあっ」  僕は思わず大声で叫んでしまう。 「ちょっと、声が大きいって」 「ごっ、ごめん」  周りの視線を感じ、慌てて声をひそめる僕。  お互いに顔を近づけて、小声で話す。 「でもまあ、それほど嬉しいって事で」 「ん、許す」  彼女はそう言って微笑んだ。  そうなんだ。僕はこの微笑みが好きなんだ。  まるで天使のような笑顔。  僕はずっと、彼女と一緒に生きて行きたい。  その想いは、誰にも負けない。  僕は間近で見る彼女の唇に、そっと口付けた。 「ところで、私の就職が決まっちゃったらどうするの?」 「あっ、そうか。どうしよう」 「まったく。ほんとに就職しちゃうぞ」 「うーん、そしたら改めてプロポーズするさ」  僕はそう言って笑った。 『きっと君を幸せにするからね』  そう心でつぶやきながら。  End 1995/09/07〜1995/09/07 Ver1.01 2001.11.16  昔の作品に後書きも何もないのですが(苦笑)  と、いうわけで昔の作品公開シリーズです。6年前の作品ですね。  記録を見ると、一日で書き上げてるんだなあ、とか思います。  このころは絶好調であることを示してますね(笑)  ……去年、似たような会話をしたことを思い出しました。  もっとも「就職できないようじゃ結婚も許してくれない」というお答えを いただきましたが。  ま、相方も最終的に就職できたので万事オッケーかな。  作品的には言うことはありません。まあ、昔からこんなやりとりを書いてた んだな、と。それくらいかな。  では、また別の作品で。  2001.11.29 ちゃある