例えばこんな わかれかた  さよならバレンタイン  待ち合わせ場所の公園に行くと、杉原は先に来ていた。 「ごめんね。突然呼び出したりして」 「いや、別に……それより、なんでこんなとこを選んだんだよ。もっと暖かいとこ の方がいいんじゃないか?」 「大丈夫だよ。今日は暖かいかっこしてるもん。それにね。このかっこで暖かいと こ行ったら、逆に汗かいちゃうよ」  杉原は、ニッコリと笑う。 「そ、そうか……で、その、用件はなんだ? 手短にな」 「うん……あのね。その……」  照れた杉原の顔。 「な、なんだよ……早く言えよ」  見ているこっちも、恥ずかしくなってくる。 「うん……あの……これ」  杉原が照れながら出したのは、包装紙に包まれた箱。  ご丁寧にリボンまでかけられている。 「え? ……これって……」 「うん。チョコレート」 「はあ?」  正直言って、驚いた。  俺に?  杉原が? 「……なんで?」 「なんでって……その……」  消えそうな声。 「……好きな男の子に、チョコをあげる日、でしょ」  …………。  ……。  ……何も、言葉が出なかった。  きっとパニックだったのだと思う。  だって。  杉原が俺のこと。  好き?  ……そんなバカな。 「じょ、冗談だろ?」  額から流れる汗を拭いながら、俺は笑った。  こんなに寒いのに、汗をかくなんて。 「冗談じゃないよ……本当に……孝史君のこと、好きだよ……」  ちょっと拗ねたような表情。  動きにあわせて、ポニーテールが揺れる。  な……。 「……なんで……今になって……」  俺は、叫びそうになる思いを押し殺す。  必死で押さえていた感情が、あふれそうになる。 「……だって、今言わなかったら、もう、言えないかもしれないでしょ?」 「ば、バカ言うなよ。そんなはず……」 「あるよね。だって私、来週から、入院するんだよ?」  知ってる。  そんなこと。  小学校から一緒の俺が、知らないはず無いじゃないか。 「だから……言える内に、言っておきたかったの。だって、病室で告白って、ムー ド無いでしょ?」  杉原は微笑む。  どうしてコイツは。  こんなときに笑えるんだろう? 「ね。聞かせて。孝史君……私のこと、好き?」 「え?」  杉原の顔が、間近に迫っていた。  慌てて、一歩下がる。 「な、いきなりそういうこと言われてもだな。俺だって困るぞ」  視線を逸らしたまま俺は言う。  杉原の瞳を見ていたら、冷静になんてなれやしない。 「だって……せっかく勇気を振り絞って、告白したんだよ?」  くるっと身体をずらして、俺の視界に入ろうとする。  そうはさせまいと、俺は上を向く。 「話をするときは、ちゃんと人の目を見なさいって言われなかった?」 「そ、そうだっけか?」  うそぶく。 「まったく、孝史君って昔っからそうなんだから」  きっと杉原はむくれた顔をしているんだろう。容易に想像がつく。 「ねえ。私は、まじめに聞いてるんだ。だから、まじめに答えて」 「う……」  観念して、俺は杉原を見る。 「ね。私のこと、好き?」  その瞳は、ほとんど脅迫のようだ。 「あー……」  一拍置いて、俺は答えた。 「あれだな。ホワイトデー。あれって、男が返す日だよな。そんとき答えてやるよ」 「えー、一ヶ月も待つのー」 「そのくらい待てよ。ドキドキするだろ?」 「うー、孝史君のいじわるー」 「な、そう言うわけで帰れ。次回は来月でーす」 「むー……ちゃんと、答えてよね」 「ああ、約束する」  俺は笑った。 「……ふう。最後に孝史君の笑顔が見れたからいっか」 「そうそう。わかったらとっとと帰れ。送って行くから」 「え、いいよ。一人で帰れるよ」 「そっか。よしよし、聞き分けのいい子は好きだぞー」  言って杉原の頭を、ぽんぽんと叩く。 「またそうやって子供扱いするー。同い年なのにー」 「あははは。あ、そだ。チョコありがとな。しっかり食うから」 「うん。しっかり食べてね」  そう言って、杉原は微笑んだ。  ……そのときは、それが俺が見る、最後の笑顔だなんて、知らなかった。  結局、杉原砂紀は、ホワイトデーに俺の告白を聞くことは無かった。  なぜなら。  彼女は。  ……ホワイトデーを迎えることなく、帰らぬ人となったからだ。 「……はは」  杉原の墓の前で、俺は笑った。 「なんだお前、たった一ヶ月も待てなかったのかよ」  ひとりごちる。  逝くときは、あっと言う間だった。  知らせを聞いて駆けつけたときは、既に息を引き取っていた。  ひどく、安らかな寝顔で。  今にも起きそうな寝顔で。  俺は。  格好悪いとわかっていたけど。  杉原の前で、声をあげて泣いた。 「な、杉原。俺、お前には答えないから」  墓に向かって言う。 「だってな、待たなかったお前が悪いんだからな」  独り言だってのに、なんか照れくさい。 「ああそうそう。一応お前からもらっちまったからな。これは、お返しだ」  リボンに包まれたキャンディーの缶を、墓前に置く。 「確かに返したからな。俺は行くぞ。じゃ」  俺は手を振って、その場を離れた。  風が吹き、墓前に置かれたキャンディーの缶から、メッセージカードが風に舞っ た。  そこには、たった一行。 『僕も、あなたが好きでした』  end  俺が望む後書き  と、言うわけで『調べない、考えない、校正しない』の三拍子揃った『例えばこ んな、わかれかた』です。  今回も『わかれかた』からは外れてますが、まあこういうのもな、と思って。  いやね、元々思いついたのが『さよならバレンタイン』というタイトルだけだっ たのですよ。で、『告白した女の子が転校する話』を書こう→いや、『告白された 男が転校する話』にしよう→いや、ということで今の話になりました。  とりあえず今は、読み返したら負けだと思ってますので、このまま出します。  ネタは熱いうちに、です(爆死)  ではでは。  2002.02.08 まだ風邪気味 ちゃある