例えばこんな、別れかた 〜煙草〜 「ただいま〜」  誰もいないとわかっていても、つい言ってしまう。  電気をつけ、着替える。  あ〜あ、行っちゃった。  心にポカンと、穴が空いた感じ。  あたしは着替えながら、ぼんやりとまだ現実味を帯びていない、今までのことを 振り返った。 −−−−−− 「アメリカ?」  あたしは冷静な声で尋ねた……つもりだったが、明らかに動揺していたらしい。 「ああ。ほら、この間写真展にさ、出したじゃない? あれを見た人でさ、かなり 有名な人がいるんだわ。須崎晋太郎って、知ってる?」 「ああ……聞いたことある、かも」  アンタの棚に並んでる、写真雑誌。  それを(暇だったから)パラパラとめくったときに、そんな名前を見たことがあ る気がする。 「あの人がさ、『2〜3年アメリカでやってみないか?』って言ってきたんだ」  煙草をふかしながら、あたしを見た。  あたしが煙草嫌いなことを知っていながら、彼は煙草を吸う。 「へえ〜、すごいじゃない」  あたしは煙草の煙に渋い顔をしながらも、返す。 「ああ……でもな」  寂しそうな顔をする彼。わかってるよ、そんなこと。 「行ってきなよ。あなたの夢だったじゃない」  私は、精一杯の笑顔で笑う。 「……いいのか?」  戸惑いの表情を見せる彼。  灰皿で、煙草を消す。 「……何よ。行きたいんでしょ? 行って来ればいいじゃない」 「そんな言い方無いだろ」 「じゃあなんて言えばいいのよっ」  せっかく、笑顔を作ったのに。 「『行かないで、ずっと側にいてよ。私から離れないでよ』って言えばいいの? そう言ったら、あなたは行くのをやめてくれるの? そんなこと無いでしょ?」  あたしの勢いに、たじろぐ彼。  あたしは、なおも続ける。 「伊達にあなたと3年もつきあってるわけじゃないのよ? あなたの考えなんてちゃ んとわかってるわよ。だから、あたしもちゃんと、笑って送ってあげようと思った のに」 「……ごめん」 「謝らないでよ! なによっ」  ヒステリックに叫ぶ。 「ごめんな……」  ……抱きしめられた。 「何よ……」 「俺、行くから」  彼の、けして太くはない腕が、あたしを包み込む。 「……うん」 「でも、3年経ったら、俺、お前を迎えに帰ってくるから」 「……うん」 「だから……待っててくれるか?」 「うん、待ってる」  あたしも、彼を抱きしめる。  そして、キスをした。  やっぱり、煙草の匂いがした。  でも、嫌だとは思わなかった。 −−−−−−  着替え終わると、ぼーっとしながら、テレビを付ける。  テレビでは、他愛のないバラエティ番組が流れている。  ふと、テーブルの上の煙草に気がついた。  彼がいつも吸っていた煙草。  匂いがつくからやめて、と言っても決してやめなかった煙草。  ……何となく、煙草に手を伸ばす。  おもむろに1本取り出し、口にくわえた。  ぎこちない手つきで、火を付ける。  吸ってみた。 「ゲホッ、ゲホゲホッ」  な、なにこれっ。  こんなもの、あいつは吸ってたの?  信じられない。  慌てて、灰皿で煙草を消す。  でも、あいつの匂いがした。  あと3年。  ここで、あたしはあいつを待つ。  きっと、時々は、煙草に火を付けるのだろう。  彼を思い出すために。  end  俺が望む後書き  あー、ちょっと不完全燃焼気味ですね。やっぱ通勤時間でないと(爆)  一応あきこさんから「煙草をテーマに」と言われたのでばっちりつくりました(笑)  部屋で1人、女性が煙草を吸ってみる、というシーンが書きたかったのですが、 上手く行ったのかな?  では、また次の作品で。  2001.12.2 ちゃある