例えばこんな、別れかた 〜ポチ子〜
「修くん、飼い主、見つかったよ!」
声と同時に、三原章子が部室に飛び込んできた。
「ホント?」
「嘘言ってどうすんのよ。さっきあたしの携帯に、メールが入ったの。今日の午後6時に、中央公園で待ち合わせしてるから、ポチ子連れてきてね」
「ああ、わかったよ」
頷いて、立ち上がる。今日は、部活は無しだな。
そっか、ポチ子ともお別れか……。
3日前、学校の校庭に迷い込んできたのが、ポチ子だった。
丁度僕たちは校庭でスケッチをしていた(……はずだが、実際はだべっていただけだ)ところに、とことこと近寄ってきた。
「うわあ、可愛い〜」
動物好きで可愛いものに目がない章子は、しっぽが振られていることに気がつくと一直線に子犬の元へと向かった。
子犬の方も全く警戒せず、抱きかかえるままにされる。
まだ小さいが、首輪をしていたので飼い犬であることはわかった。
「どうする? 修くん」
章子は期待の眼差しで、僕を見る。
「……僕の、家で預かるよ」
「やった」
章子は子犬に頬ずりをしながら喜ぶ。
本当に、動物が好きなんだな。
「じゃあ、仮に、だけど名前つけておこうよ」
と、章子。
「ええ? すぐに別れちゃうかもしれないのに?」
「だって、修くんの家、犬がたくさんいるじゃない。区別しないと」
「……たった5頭だよ」
「十分多いわよ」
「じゃあ……」
と、子犬を章子から預かる。高い高いの要領で子犬を持ち上げた。
「ああ、こいつ女の子か。……じゃあ、『ポチ子』ってのはどうだ?」
「……修くん、本当にセンス無いよね」
呆れた顔の章子。
「うるさいな。こいつの名はポチ子に決定。うちで預かるんだから、文句は言わせないよ」
「はいはい。……あとは、ポチ子の飼い主を捜さないとね。そうだ、今晩、ヒマ?」
「うん、特にないけど?」
「じゃあ夜に修くんの家に行くから。うーん、8時くらい」
「ん、わかった。待ってる」
「じゃあ、今日は終了ね」
スケッチブックを拾う章子。まあどうせ、スケッチなんかしてないんだからいいか。
「ああ。そうだ。僕このまま抱いて帰るから、荷物よろしく。どうせ鞄なんか空っぽだけど」
「はーい」
章子は僕の分のスケッチブックもまとめて拾い上げると、部室へと戻っていった。
僕は章子を見送ると、ポチ子を抱えたまま家へと戻った。
家では母親にどやされたが、『少しのあいだ、預かるだけだから』と説得し、事なきを得た。庭では新しい匂いがついた僕の身体を犬たちが嗅ぎ回る。
「こらこら、ちょっといるだけだからおとなしくしろっ。」
そう言っても、全く聞いてくれない。やれやれだ。
とりあえず5頭をまとめて散歩に連れていき、餌をやり、自分の餌……じゃなかった、夕飯を食べ終わった頃、丁度章子が尋ねてきた。
「どう? ポチ子は」
「ああ、今部屋でミルク飲んでる」
「部屋で飼ってるの?」
「まだ小さいしね。あいつらと一緒にするのもあれだし」
と、言って僕は外を見る。
「そうだね。食べられても困るしね」
「いや、さすがに食べたりはしないと思うけど」
僕は、章子を部屋へと誘う。
中学の頃から、章子は何かとウチに来ていた。マンション暮らしで生き物が飼えない章子は、何かの拍子に『ウチには3頭(当時は3頭だった)の犬がいる』という話をした途端、目を輝かせて「遊びに行っていい?」と言ってきたのが始まりだったと思う。
それから章子は、ウチの常連だ。まあ、たまに散歩も手伝ってくれたりするので、悪くないと思う。
可愛いし。
「じゃーん」
章子が取り出したのは、デジカメだった。
「これでポチ子の写真を撮って、ポスター作って張り紙するの。そうすれば、飼い主探すのも楽かなって」
「楽って言うか、便利だな」
「まあまあ、何でも良いじゃない」
言いながら早速カメラの準備を始める。
「ポチ子、こっち向いてー」
章子が声をかけると、ポチ子はしっぽを振って近寄ってきた。
ピッと言う音と共にフラッシュが焚かれる。
一瞬のことに驚いた顔をするポチ子。
妙に、可愛い。
「あっ、ごめんねー」
言いながらも2枚、3枚と撮っていく章子。
「よーっし、OKOK」
カメラのプレビューを見て、満足そうな顔をする。
「じゃ、帰ってポスター作るから、明日貼るの手伝ってね」
章子は素早くカメラをしまうと、すっと立ち上がる。
「あ、送るよ」
「いいって。どうせ自転車だし」
「本当に?」
「うん、修くんの好意だけ、受け取っておくから」
章子はニッコリと笑う。
「おばさーん、おじゃましましたー」
「あらあら、何のおかまいも出来なくて」
「いいですよー。あ、また来ますね」
「はいはい、いつでもいらっしゃい」
「じゃあ修くん、また明日」
「おう」
バタン。
章子は、一陣の風のように去っていった。
部屋に戻ると、部屋が臭かった。
「あーっ、やられちまったか」
部屋の隅に、犬のふん。
予想はしていたが、自分のいないときにされるとはな。
僕は慌てず掃除用具を持ってくると、さっさとふんを片づける。
匂いは簡単にはとれないだろうな、と思いつつも消臭剤を撒く。
「今夜はちゃんとタオルの上で寝てくれると良いけど……」
俺は深めの段ボール箱にタオルを何枚か敷き、そこへポチ子を入れた。ポチ子は不安そうに段ボールから顔を出したりしていたが、いつの間にか丸まって眠っていた。
ああ、太助や三郎太のときも大変だったよな。
僕は、今は外で暮らしている愛犬のことを思い出したりしながら、眠りについた。
次の日、僕と章子は学校の周辺にポスターを貼って回った。連絡先は章子の携帯のメールにした(恥ずかしながら僕は、携帯というものを持っていないのだ)。
そして今日。章子の携帯に連絡があった、と言うことなのだ。
僕たちは放課後、一度ウチへ戻るとポチ子を抱え、待ち合わせの中央公園に移動した。
「さくら!」
ポチ子の顔を見ると、20代前半の女性が、長い髪をなびかせて走ってきた。
ああ、ポチ子の本当の名前は、さくらって言うんだ。
いい、名前だな。
僕はそんなことを思いながらも、女性の前にポチ子……違った、さくらを差し出す。彼女はさくらを抱きかかえると、僕に向かって頭を下げた。
「さくらを預かってくれて、ありがとうございます」
「いや、僕たちは大したこと、してませんから……ねえ?」
僕は章子にフォローを求める。
「そうですよ。私たちもポチ子……じゃなかった、さくらのことを思って、ですから」
「本当に、ありがとうございます。この子はすぐ、どこか行ってしまうので困ってたんです」
「今度は、目を離さないでくださいね」
「はい」
彼女は何度も頭を下げると、歩いて去っていった。
「良さそうな飼い主で、良かったね」
「うん……」
「どしたの? 愛着でもわいた?」
「そんなんじゃ……いや、そうかもしれないね」
「いいじゃない。修くんとこはまだ5匹もいるんだからさ」
「ま、そりゃそうなんだけど」
「そんなこと言ってると、アイツらも拗ねちゃうぞ」
「……そうだな。さーて、帰って散歩だ」
「私も一緒に行って、いい?」
「うん、一緒に行こう」
僕たちはウチに向かって歩き出す。
途中、一回だけ、僕は振り向いた。
さようなら、ポチ子。
end
誰かが望んでるといいなーと思う後書き
はい「例えばこんな、別れかた」の7作目、になります。
今回は……ごめんなさい。正直言って、パクリです。
アイディアが浮かんだ瞬間、全部わかつきめぐみさんに引きずられてしまいました。
仕方なく、開き直って書いたのがこれです。
「さくら」も「ポチ子」もわかつきさんからだよー。
それでも、自分らしく、書けたと思います。
「ウチらのはな、オマージュや!」
・・・そんな思いで。
では、次の作品で。
2001.12.03 ちゃある