例えばこんな、別れかた 〜誕生日〜

 ずるいよ、ずるいよ。
 そんなのって、ずるい。

 あたしは駅までの道を、自転車で走り抜ける。
 赤信号も無視しそうな勢いで、全力でペダルをこぐ。

 はぁ、はぁ、はぁ、

 心臓が破裂しそう。
 足がつりそう。

 それでも、あたしはこぐのを止めない。
 今ここで諦めたら、一生後悔しそうな気がしたから。

 駅が見えた。
 階段の目の前まで自転車を走らせ、その場で乗り捨てる。

 エスカレータを駈けあが……ろうとするが、足が上がらない。
 それでも、一歩一歩歩いていく。
 歩きながら、財布からカードを取り出す。
 最近使われ始めた、機械にタッチする型のカード。
 エスカレータの終点とともに、再び走り出す。
 改札にタッチ、しかし、エラーと共に前が閉まった。
 うるさい。
 そのまま強引に突破。
 上りホームを駆け下りる。
 
 丁度、電車が来たところだった。
 
 そして、それに乗り込もうとするアイツを見つけた。

「こら、待てーっ」
 あたしは出せる全ての力を振り絞って叫んだ。
 振り返る人々の中に、アイツがいる。
 あたしはアイツに向かって駆け寄ると、両襟を掴んだ。
「ど、どうしたんですか」
「どうしたもこうしたもないわよっ」
 そこまで言ったが、息が続かない。
 あたしは襟を掴んだまま膝をつく。
 プシュー、という音と共に、扉が閉まった。
 あたしたちを無視するかのように、電車は走り出す。
「大丈夫ですか?」
 心配そうな声を出すアイツ。
「あ、あん、たが、かっ、かって、に、い、なくなっ、たり、するからっ」
 呼吸の隙間から、かろうじて声を出す。
 ああもう。
 涙まで出て来ちゃったわよ。
「今日、は、あた、あたし、の、たん、じょうび、な、なの、なのに」
 どうしてこんなに辛い思いをしなくちゃならないのよっ。
「ごめんな……」
 アイツの声。
「どうしても、君の顔を見られなかったんだ。見たらきっと、僕も辛くなるから」
「そ、んなのっ……ずるい……わよ」
「うん、でも、本当に、怖かったんだ。自分の想いや、君の想いが」
「だから、って……」
 今日は、あたしの誕生日パーティー、だったんだよ?
 みんなを呼んで、楽しくやろうと思ったのに。
 今日でアンタに会うのも最後だから、最後だから……。
 ちゃんと、告白しようって決めてたのに。
 なのに……玄関にプレゼントだけ置いて帰るなんて、ずるいよ。
 気づかなかったら、間に合わなかったら、あたし、一生後悔したよ?

 そう言いたかったけど。

 言う前に、抱きしめられた。

「ごめんね……」
 ギュッと、アイツに包まれた。
 あたしは、なすがままにされる。
 アイツの温もりはちょっと暑かったけど。
 それよりも、嬉しかった。

「あたし……ね」
 このまま、言ってしまおう。
 アンタのことが好きだって。

「好きです……」
 え?

「僕は、君のことが、好きです」

 確かに、あたしの耳にはそう、聞こえた。
 頬が、更に熱くなる。
「何よ……」
「……ごめんなさい。やっぱり、迷惑でしたか?
「違うの、なんで先に言うのよ」
「え?」
「あたしが言おうと思ったのに……」
 あたしは、アイツの身体を抱きしめる。
「やっぱ、ずるいよ」
「……ごめんなさい」
 なんか、謝られてばかり、だな。
「謝るくらいなら、はじめから黙って行ったりしないでよ」
「ごめんなさい」
「もういいから」
 あたしはそう言って笑顔を作る。
 そしてもう一度、アイツを強く抱きしめた。


「九州なんてね、新幹線とか飛行機で、すぐでしょ?」
 あたしたちは周囲の目が気になり、そそくさとベンチに座った。
「まあ……そう言われればそうですが」
「大丈夫。今はインターネットとかメールとかあるんだから。そんなに遠くないよ」
「そうですね」
「ね。あたしのメールアドレス、知ってるでしょ? 携帯の」
「ええ。向こうに行ったら、連絡します」
 アイツの笑顔。
 それが、好きだったんだ。
「ね、そう言えば、プレゼント、開けていい?」
「え、あ、かまいませんけど」
 花束と一緒に置かれていた、小さな箱。
 あたしはそれをポケットに入れたまま、ここまで来てたんだ。
 可愛いリボンをほどき、包み紙を剥がす。
 小さな、箱が出てきた。
 開けてみる。
 そこには、イルカをかたどった銀の指輪が輝いていた。
「かわいい……」
「そう言ってくれると助かります。えと、指のサイズは10号、でしたよね?」
「え? 何で知ってるの?」
「僕、クラスの子に聞いて回ったことがあるんです。君のサイズが知りたくて。君だけに聞くのが恥ずかしかったから、結局全員に聞いたりして」
 ああ、そんなこともあったかも。
 そんなことしてたんだ。
 あたしのために。
「それで、好きなものがよくわからなかったんですけど、たぶん前に、イルカを可愛いって言ってた気がして、それで、これを選んだんですけど」
 そうなの?
 それだけで?
「とりあえず、気に入ってくれたようで、嬉しいです」
「うん、気に入ったよ」
 あたしはそっと、右の薬指に填めてみる。
 イルカがアクセントになるけど、邪魔になるほどじゃない。ずっとつけてても、支障はなさそう。
 ……学校じゃ、無理だけど。
「ありがとね」
「いや、いいんです。喜んでくれれば」
「うん」
 ありがとう。
 これは、最高の誕生日プレゼントだよ。
 

 それから少しの時間、あたしたちはいろんなことを話した。でも、その時間は本当に短かった。
「僕、そろそろ行かないと」
「うん」
 電車が来ることを知らせるアナウンスが流れる。
 まぶしいヘッドライトが、ホームに滑り込んでくる。
「じゃあ、また」
「うん。向こうでも、頑張ってね」
「はい」

 そして、あたしたちは。

 そっと、口づけをかわした。


 end


















 俺様が望みまくる後書き

 はい、そういうわけで「例えばこんな、別れかた」の8作目になります。
 タイトルが2転3転したのは内緒です(爆)
 今回のコンセプトは、元々「シンデレラエクスプレスもどき」だったんですが、どうも上手くいってませんね。
 ま、とりあえずまた次の作品で。

 2001.12.04 ちゃある

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