ビニールがさ






「うー、雨だったのかー」
 昇降口で天を睨んでいるのは、紛れもなく楠川紗夜(くすかわ・さや)だった。彼女は鞄を抱きかかえたまま、じっと空を見ている。
「……なにやってんの?」
「雨、止まないかなーって思ってたのだー」
 この妙な口癖と中性的なスタイル(要は発育していないってことだが)。おまけにショートカットの彼女は、端から見たら小学生にしか見えない。
 知ってるか? 俺ら高校生になったんだぞ?
 そのくせ楠川は運動や勉強は得意だったりする。まったく神様は気まぐれだ。
「ねえ鈴木くん。雨、止まないのかな?」
「……夜まで雨だって、言ってたぞ」
「ホントにー? うー、参ったのだー」
 楠川は最初驚いた表情をし、ついで困った顔をし、最後に肩を落としてため息をついた。
「天気予報、見てなかったのか?」
「うー、今日の紗夜はお寝坊さんだったので、テレビを見なかったのだ。がっくし」
 大げさに肩を落とす彼女。小柄な彼女が肩を落とすと、ますます小さく見える。
「……空に文句言ったら、止んだりしないかな?」
「だったらいつも誰かが文句言ってる」
「そうだよねー、はふぅ」
 楠川はもう一度、ため息をついた。
 参ったな。
 俺も。
 ……じっと手元を見る。
 手元には、小さなビニールがさ。
 朝コンビニで、税込み525円で買ったやつ。
 ま、しゃあないわな。
「ほら、使えよ」
「はわ?」
 顔を上げた楠川は目の前に差し出された傘を見て驚く。
「むー……それは嬉しいのですが、鈴木くんはどうするのだ?」
「ん? そうだな……濡れて帰るかなあ」
「うー、それじゃあ受け取れないのだ。これは鈴木くんの傘だから、鈴木くんが使うべきなのだー」
「まあでも。傘を貸すのは俺の自由だし」
「でもでも、それはだめー」
 強情なやつめ。
「じゃあ、ちょっと持ってててくれるか」
「了解なのだ」
 と、傘を楠川に渡す。
 そして次の瞬間、俺は外へとダッシュした。
「あ、鈴木くん?」
 楠川の声を無視してダッシュ。
 こりゃ下着までビショビショだな。
 と、雨の中を走る。
「すずきくーん。待つのだー」
 後ろから声が聞こえてチラリと後ろを見る。
「お、お前バカかっ」
 楠川は鞄と傘を抱えたまま、俺を追ってきていた。
 俺は立ち止まり、楠川の元へと駆け寄る。
「はあ、追いついたー」
「追いついた、じゃねえだろっ、ほら傘貸せっ」
 俺は楠川から傘をふんだくると、慌てて傘を差す。
 やはりビニールがさは二人が入るには小さい。俺は楠川が隠れるように傘をかざす。
 そして鞄からスポーツタオルを取り出すと、楠川に頭からかぶせた。
「おわ」
「それで頭拭け。あ、昼間使ったから汗くさいかも」
「むー」
「う、やっぱ臭かったか。すまん。でも他に無いんだ、我慢してくれ」
「違うのだ」
「あ?」
「……やっぱり鈴木くんは優しいのだ」
 スポーツタオルで顔の下半分を隠したまま、楠川は嬉しそうに俺を見上げた。
「ば、バカ言うなよっ」
 恥ずかしくて、目を背ける。
「だって紗夜にこんなに優しくしてくれるのは鈴木くんだけなのだ。きっと優しい人に違いないのだー」
「バカ、それは」
 ……お前だからだよ。
「……それは?」
「う、うるさいっ、とにかく風邪ひいちまうからとっとと帰るぞっ」
「了解なのだー」
 にこやかに笑う楠川。
 ……くそ。
 なんか微妙な敗北感が漂う。
 と、
 ぴたっと、楠川が俺の隣に張り付いてきた。
「な、な、なにやってんだよっ」
「だって紗夜は小さいから、鈴木君の隣にいないと傘に入れないのだー」
「そうかよ」
 俺は仕方ない振りをして歩き出す。
 本当は。

 ……ちょっと嬉しかったり、したのだが。



 end




 君が望む後書き


 思いつき作品ですね。
 相合い傘は傘が大きくないと「結局二人とも濡れる」ので好きではないのです。そんなことを考えたら思いつきました。
 別に「なのだー」なロリ少女など出す予定はなかったのですが、趣味に走ったらこうなりました(ぉ
 この二人は書いていて気に入ったので、また書けたらいいな、とか。
 では。

 2002.04.19 ちゃある

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