「グリーングリーン」SS#1 いもうと


 最終日。
 僕は若葉のことを伝えるために、双葉の元へ向かった。
 既に午後になっている、本当は今日の朝帰る予定だったが、台風と土砂崩れのため、バスが遅れているのだ。

 女子寮の、双葉の部屋をノックする。
「はーい。入って良いわよ」
 双葉の言葉に促され、僕はドアを開ける。
 部屋に入ると、双葉は梱包された荷物を前に、一人、腕を組んでいた。
「朽木」
 声をかけると、双葉は振り返り、キッと、僕を睨んだ。
「高崎! あんた、若葉の居場所、知って……」
 双葉は最後まで言い終わる前に、僕が抱えている鉢の存在に気づいたようだった。
 枯れて茶色になってしまったサボテン。
 夕べまで、朽木若葉だったものだ。
「そう、そういうこと」
「ごめん……」
 呆れた表情で、ため息をつく双葉に、僕は半ば反射的に謝った。
「あんた、全部知っちゃったんでしょ」
「あ、ああ……」
「だから……不幸になるって、言ったでしょ」
 双葉は、うつむきかげんで言う。
「だから、この手の式神は扱いづらいのよね。まったく、あたしとの契約に従わないなんて、式神失格だわ」
「ごめん……」
 双葉の言葉に、僕は何も言い返すことが出来なかった。ただ、謝るだけだ。
「じゃ、この荷物運んで」
「は?」
「は? じゃないわよ、あんたが若葉をこんなにしちゃったんでしょ? 若葉の代わりにあんたが働くのは、当然じゃない」
「ぐ……」
 何も、言い返せなかった。仕方なく、僕は荷物を抱え上げる。
「うぐ……」
 お、重い。なんて重さだ。
 僕はロープを使って重そうな荷物を背負い、残りを手で抱えるようにする。
「しっかり持ってよね。壊れ物もあるんだから。じゃ、行くわよ」
 そう言って双葉はスタスタと歩いていってしまう。僕は必死の形相で荷物を抱え、ついていく。
「朽木……」
「なに? 言っておくけど、あたしは何も持たないからね」
「違う、若葉ちゃんのことなんだけど……」
「ああ、あのサボテン。高崎にあげるわ。あんな役立たず、あたしにはもういらないから」
「そんな言いかたないだろ!」
 荷物を抱えながらも、僕は声を荒げた。双葉は一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつものような強気の表情に戻る。
「何よ。あたしが自分の式神について文句を言って何が悪いの? 式神ってのは、言ってみればあたしの従者よ? 下僕よ? あたしに従順で無ければいけないの。それが出来ない式神は、役立たず以外のなんでもないのよ!」
「で、でも……」
「また帰ったら、新しい式神をつくるからいいの。どうせ若葉は……」
「朽木にとっては役立たずでも、若葉ちゃんは僕の、命の恩人なんだ」
 双葉の言葉を遮って、僕は言った。
「自分の命を使って、僕を助けてくれたんだ。僕なんかのために」
「あんた……泣いてるの?」
 双葉は僕の涙混じりの声に、気づいたようだった。
「だって……もう、若葉ちゃんには、会えないんだ。もう一度、お礼を言いたかったのに。もう一度、謝りたかったのに……」
「ねえ……昔話、するわね」
 唐突に、双葉は話し始めた。
「双葉を創ったのは、七歳の時だから、もう十年になるわね。あたしは、妹が欲しかったから、大切に育てたわ。それこそ、本当の妹みたいに」
「え?」
 僕は双葉の言葉が、にわかには信じられなかった。
 こんな重い荷物を背負わせたり、ジュース買ってこさせたり。
 僕には、若葉をアゴでこき使っている双葉の姿しか、思い出すことが出来ない。
「……信じてないわね?」
「ああ……ちょっと」
「でもね。途中で思ったの、『このままで、いいのかな』って。だって、若葉は人間じゃないから。人間と同じ姿をしていても、人間と同じような感情を持っていても、若葉は、人じゃないの」
 双葉は、言葉を続ける。
「式神は、人に奉仕するのが仕事。自分のことを考えてしまう式神は、式神としては失格。だから、あたしは、若葉に対して『道具』として接するようになった。必要以上に、感情が育ってしまわないように。なのに……」
 そうか。
 僕は、全てを理解した。
 双葉が若葉に対し、主人のように接する理由を。
「あんたが全て、台無しにしたのよ」
 双葉は、振り返らずに言った。
 抑揚のない声で。
 それが、よけいに心に刺さった。
「ごめん……」
「高崎、あんた、それでも若葉のことを?」
 不意に双葉はこっちを振り向いた。僕を見る眼差しに、一瞬ドキッとする。
「ああ……好きだった。でも、僕は不幸だなんて思ってない。例え若葉ちゃんが人間でなくても、僕の気持ちは変わらない」
 僕の言葉に、顔を赤らめる双葉。
「あんた、よくそんな恥ずかしい言葉、言えるわね」
「ご、ごめん……」
「もういいわ。今更謝られても、若葉は戻れないし」
 戻れない。
 その言葉が、追い打ちをかけるように心を貫く。
「やっぱ、そうなのか……」
 僕の呟きに、双葉が疑問の表情をする。
「言っておくけど、若葉は死んでないからね」
「え?」
 心臓が、ドクン、と跳ねた。
「あれは、眠りについているだけ。いつになるかはわからないけど、起きると思うわよ」
「本当か?」
「今更嘘ついてどうするの」
「そっか……」
 若葉は、死んでないんだ。
 生きているんだ。
 眠っている、だけなんだ。
「あとついでに言っておくけど、一度創った式神は、媒体が完全に死ぬまでは術が解けたりしないから。また大きくなったら、人の形も取れると思うわよ」
「本当か?」
「いちいちしつこいわね。でも、あたしは帰ったら新しい式神をつくる。今の状態で若葉を連れ帰ったら、失敗作として処分されちゃうから」
「処分?」
「言ったでしょ。自分のために行動するような式神は、失格だって。ウチの家が、そんなのを許すはずないんだから。だから……若葉はあんたに預けていく」
 双葉は、そう言って僕を指さした。一瞬だけ、微笑む。
「お、おう」
「大事にしなよ。何しろ、あたしとの契約を破る位に若葉に想われてるんだからね。大事にしなかったら、あたしが怒るわよ。だって……」
 双葉は一呼吸置いてから、口を開いた。
「若葉は、あたしの妹、なんだからね」
 初めて、双葉の若葉に対する本心を、聞いたと思った。
「お、おう。わかった」
「ほら、バスの時間になっちゃう。とっとと歩きなさい」
 双葉はそう言って振り返り、先を歩き出した。置いて行かれないように、僕も必死でついていく。

 バスはもう、待っていた。大半の生徒が乗り込んでいるようだ。
「ダーリーン。必ず来るからね〜」
「待ってるっしょ。俺ずっと待ってるっしょ。ハニーっ」
 春乃とバッチグーの声がする。
「ほら早く乗れっ」
「はーい」
 轟の声に、双葉が答える。
 僕はバスの荷物室に一通り詰め終わると、バスの中の双葉を見た。
「来年。編入してくるわ。それまで、ちゃんと若葉を見てなさいよ」
「わかった。若葉は、僕が守るから」
「ほお〜っ、かっこつけるね〜」
 からかうような口調の双葉。
「では、出発します」
 バスが動き出す。
「また来年、ヨロシクね」
「おう。待ってる」
 僕たちは手を振りあう。

 ありがとう、朽木。
 若葉ちゃんは、僕が大切にするから。

 僕は、バスが見えなくなるまで、手を振り続けた。


 end

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