「グリーングリーン」SS さよならはもう言わない

 #1

 HRの時間に、彼女はやってきた。
「今日から教育実習生として、みなさんと一緒に学ばせていただきます。千川緑です。1ヶ月という短い間ですが、よろしくお願いします」
「わかったか! くれぐれも迷惑をかけんようになァ!」
 教育実習生の言葉に、轟が追い打ちをかける。
「おい、祐介。やっぱ美人だよな」
 一番星が、僕の背をつつく。
「あっそ」
 僕は素っ気なく返す。女性になど興味がない。そんな素振りで。
「美人っしょ。胸、でかいし」
「オマエは胸がでかければ美人に見えるのか」
 バッチグーに一番星がツッコミを入れる。そう言えば、春乃も胸が大きいんだっけな、とか思う。
「おいどんは、おいどんは幸せでごわす」
 天神が涙を流しながら拳を握っている。
「くぉるああああ、そこのクソガキ共っ、勝手にしゃべるんじゃないっ」
 ダッシュで僕たちのところにやってきて、ヤカンで僕たちの頭を……正しくは、一番星を除く3人を殴る。
「わかったかガキ共」
「……はい……」
 頭を押さえつつ答える。
「ったく……僕はしゃべってないのに……」
「んだぁ? 口答えすんのか? 高崎祐介!」
「いっいえっ、そんなつもりはっ」
「よぉし、貴様は罰として……」
「あ、轟先生」
 轟の言葉を遮って、教育実習生が手を挙げる。
「何ですか、千川先生」
「あのっ、ゆう……彼に……学校を案内してもらっていいですか?」
「え? いや、それは……ワシが」
「えと、生徒から見た、学校を知っておきたいんです。それに……それなら、罰になります、よね?」
 ニッコリと、教育実習生は轟に微笑んだ。
「ええ……まあ……」
 轟は一瞬口元を弛め、頷く。そして僕の方を向くと、キッと睨み付けた。
「高崎っ、お前はこの時間、千川先生に学校を案内せえ」
「ええっ」
「つべこべ言うな。ほら、さっさといかんかい!」
 襟首を掴まれ、強制的に立たされる。
「じゃ、行きましょうか」
 抵抗を諦めた僕は、実習生の顔を見もせずに言うと、先に立って廊下に出た。後ろから羨望の眼差しと、恨めしそうな声がする。それはそれで優越感だが、後が怖くないかと言えば、嘘になる。
「随分、素っ気ないのね」
「別に……そんなんじゃないですよ」
 妙な違和感を感じつつ、僕は答えた。
「で、どこから行きます?」
「祐介くんが行くところなら、どこでも」
「はいはい……」
 適当に相づちをうつ。校舎をまず1周すればいいか。
 そんなことを考えながらも、僕の頭の中で、違和感が広がっていた。

「……ここが、保健室です」
 僕は実習生の前に立って、次々と校舎を案内していく。
「ねえ、祐介くん。祐介くんって、いつもこうなの?」
「そうですよ」
「他の……女の子に対しても?」
「そう……ですね」
「なんで?」
 それは、こっちのセリフだ、と言う言葉を慌てて飲み込んだ。
 何で彼女は、そんなことを聞いてくるのだろう?
「僕……好きな子がいるんですよ。いや『いた』、が、正しいかな」
 不思議と、僕は話し始めていた。
 何故そんな感情になったのか、自分でもわからなかった。
 もしかしたら、彼女の声が、僕の知っている声に似ていたから、かもしれない。
「ふうん……どんな子なの?」
「小さい頃に僕と会って、その想いを大事に持っていた。……そう、純粋な子です。多分彼女は、僕に会うために大変な苦労をしたんだと思います。たった1ヶ月のために」
 彼女は、僕の話を黙って聞いていた。僕は話を続ける。
「そんな子を、僕は好きになってしまった。でも、もう彼女はいなくなってしまった。……彼女が、羨ましいですよ」
「羨ましい?」
「ええ、だって、彼女は頑張れば、もしかしたらまた僕のところに会いに来られるかもしれない……例えその可能性は低くても、ね。でも僕は、どんなに頑張っても、彼女に会いに行くことは出来ない。彼女がもう一度訪れるかもしれない、そのときを、じっと待つしかできないんです」
「……そうね。そう……だったね。……ごめんなさい」
「何で謝るんですか?」
 僕は実習生の方に振り返った。初めてまじまじと見る、彼女の姿。
「だって……私、やっぱり自分のことしか、考えて無かったんだもんね。ごめんね、祐介くん……」
 彼女は、泣いていた。大粒の涙を、流していた。
 その姿に、僕の中で感じていた違和感が、確信に変わろうとしていた。
「みどり……なのか?」
 思い切って尋ねる。彼女は、僕の問いに頷く。
「そうだよ。祐介くん。待たせちゃって、ごめんね」
 言葉と一緒に、みどりは、僕に抱きついてきた。
 そうだ。
 同じ匂いがする。
 あの夏に抱きしめた、彼女の匂いが。
「みどり……」
 ギュッと、みどりを抱きしめる。
「祐介君……」
 僕たちは、しばらく抱き合ったまま、動かなかった。


  #2 

 僕たちは終業の鐘の音に我に返った。
「あ……ごめんね」
「い、いや……」
 どうして良いかわからなかったが、とりあえず身体を離す。
「今日、放課後……空いてる?」
「ああ……かまわないけど」
「じゃあ……私の部屋に、来て」
「ああ……」
 僕たちは職員室に戻り、そこで別れた。


「なんだよ祐介、役得過ぎるぞ」
 教室に戻ると、早速いつもの3バカに囲まれた。
「たまにはいいだろ。こういうことがあっても」
 僕は笑った。そんな僕に、3人は不思議な表情をしたが、僕は気にしなかった。

 きっとコイツらには、わからないことだから。


 夜。
 天神が寝静まったのを見計らって僕は外に出た。
 こっそりと、教員の寮へと走る。
「ええと……千川、だったかな」
 危うく『千歳』で探しそうになったが、今のみどりの名前を思い出し、部屋をノックした。
 かちゃ、とドアが開き、みどりが姿を現した。
「どうぞ、入って」
 中は、殺風景だった。あまり女性の部屋とは、思えない。
「まだ……来たばかりだから。それに、また1ヶ月、だしね」
 僕の視線に気づいたのか、みどりが言った。
「座って。今、お茶煎れるから」
 みどりの言葉に従い、小さなテーブルの前に座る。
「……なんか……大人っぽくなったな」
「あはは、そうだね……実際に祐介くんを追い抜いちゃったからね」
「そっか……そうだな」
 みどりは、教育実習生としてここに来た。と言うことは、少なくとも自分よりは年上、と言うことになる。
「どうぞ」
「ども」
 テーブルに置かれたティーカップを見る。
「大丈夫よ。普通の紅茶だから」
「何も言ってないだろ」
「……あれから、結構勉強したんだよ。この時代のこと。資料があまり残ってなくて、大変だったけど」
 みどりは言いながら、ティーカップに砂糖をドバドバと入れていく。
「そんなに入れるのか?」
「え? だって、紅茶って溶けないくらいお砂糖を入れて飲むものなんでしょ?」
「……違うよ」
 僕は頭を抱えて言った。
「ええっ、じゃあ、あの本嘘ついてたんだ。まったくもう」
「ま、全ての本が正しいことを言ってるとは限らない、よな」
 怒った表情をするみどりを見て、僕は笑った。
 大人になったけど、みどりは変わっていない。
 それが、何となく嬉しかった。

「今度も……短いのか?」
 思い切って、一番聞きたいことをみどりに尋ねた。
「ふふっ、今度は長いの」
「え? だって」
 確か、みどりの世界とは空気の組成が異なるからと言って、長くは居られないと言ってなかったか?
「私の身体ね、手術したの。この空気に耐えられるように」
「え?」
「現地滞在員になったの。この世界に滞在して、時々レポートを送るの。他にも、後からこの世界に来る子供たちのサポートをしたりね。期間は……ずっと」
「『ずっと』?」
「うん。歳を取って、おばあちゃんになっても、こっちにいられるの……ううん、もう、向こうには戻れない」
「え?」
「今度は、この身体が耐えられないんだよ。向こうの空気にも……時間転移にも」
 みどりは、少しだけ、寂しげな声で言った。
「そこまでして……」
「私ね、孤児、なんだ」
 みどりは話し始めた。自分には両親がいないこと。だからこそ、今回の現地滞在員にも選ばれたこと。
「向こうの世界に未練がないなんて、そんなことはないけれど、この世界には、祐介くんがいるから」
 みどりは優しく微笑む。
 前とは違う、大人びた微笑み。
「みどり……」
 僕は、みどりを抱きしめた。
「祐介くん……」
 不意のことにみどりは驚いたようだったが、やがて、優しく抱き返してきた。
 自分の世界を捨てて、僕のところに来てくれたみどり。
 僕はもう、離しはしない。

 さよならは、もう言わない。


 僕たちは、口づけをかわす。
 そして。

 あの夜を思い出すように、抱き合った。


 end


















 君は望まない後書き

 と、いうことでみどりエンドからちょっとつくってみました。
 今回の発端は、みどりエンドを見て「教育実習生ってことは、また1ヶ月くらいで帰っちゃうんだろうな。それじゃ祐介はかわいそうだな」と思ったことです。じゃあ「帰らない設定を創り上げちゃおう」と。
 僕個人は若葉ちゃんイチオシなんですが、「グリーングリーン」は、どのキャラもかわいいので、特に特定のエンディングにこだわらずに書いていこうと思います。
 ホントは、5人全部書ければいいんですけどね。早苗ちゃんは……僕にはキツイと思います。申し訳ないんですけど。
 さーて、次はどうしようかな……って、書きかけのものもたまってるからな(笑)

 では、感想やツッコミなどありましたら、ちゃあるまでいただければ幸いです。

 2001.11.27 なぜか「恋わずらい@こみパ」を聴きつつ ちゃある

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