再会〜『君が望む永遠』Side Story(Ver1.02)

 カタカタカタ・・・。
 誰もいない事務所に、キーボードを叩く音が響く。
「ったく、書類整理まで俺か?」
 そうつぶやきながらも、俺は手を休めない。
 大学を卒業して三年。今は父の知人の会計事務所に勤めている。父親の事務所を継ぐ前に、一度は外でもまれた方がいいと判断したからだ。
「しっかし、仕事多すぎないか?」
 文句を言っても仕事が減るわけではない。俺はため息をついて、手元の缶コーヒーに手を伸ばした。
 最近、缶コーヒーの量が増えた。何だかんだ言ってもストレスが溜まってるのかもしれない。
 ・・・太ってきたしな。
 俺はもう一度ため息をつく。
 と、不意に携帯が鳴った。それも、仕事用ではなく、個人用の携帯だ。
「はい」
 携帯を取り、表示を見る。画面には、知らない番号が表示されている。
 俺は不信に思いながらも、電話に出た。
「もしもし」
「あ、もしもし・・・慎二くん・・・ですか?」
 聞き覚えのある声。いや、絶対に忘れない、声。
「速瀬・・・か?」
「あ、あれ? よくわかったね。久しぶりなのに・・・」
 忘れるわけないじゃないか。俺が、速瀬の声を。
 そう言いたい衝動を堪えて、口を開く。
「ああ・・・四年ぶりか?」
「ん・・・そのくらいかな」
 電話から聞こえる速瀬の声は、全く変わらないように思える。
「で? なんだ? こんな遅くに」
「う、うん。あ、今・・・大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「そう・・・あのね、今度、そっちに、行こうかと思ってるんだ」
「ホントか?」
 思わず声が大きくなる。
「うん・・・親が、うるさくてね。あれから、一度も帰ってないから」
「そうか・・・」
 あのとき、速瀬は孝之のことが忘れられないからと、この町を出ていった。それが、戻ってくるということは・・・。
「でね、今度お祭りがあるじゃない? そのときにさ、会えないかな、と思って」
「それは・・・」
「うん、会いたいんだ。みんなに」
「・・・そっか」
 やっと、心の整理がついたのか。速瀬。
「んじゃ、このことは俺の方から孝之や、涼宮に伝えておくよ。・・・そのほうが、いいだろ?」
「・・・うん、ごめん・・・あれ? 遙、まだ『涼宮』なの?」
 速瀬が尋ねる。
「ああ、今涼宮は白陵大で、児童心理学を学んでてさ。学生なのに結婚するのは、って二人が。婚約はしたみたいだけどな」
「そっか。ちゃんと、夢追ってるんだ」
「そうだな。ああ、孝之もちゃんと就職して、スーツ来て営業してるぜ。確か・・・バイト先の親会社、だったかな」
「そっか。孝之がね・・・ちょっと、想像できないな・・・慎二君は、お父さんの会計事務所、だよね?」
「いや、別の事務所に勤めてる。いきなり身内に入ると、後で困ると思ってね」
「へえ、やっぱ考えてるねえ」
「そうでもないさ・・・速瀬は?」
「ん、まあ、無難に勤めてるよ。仕事もつまらなくは、ないしね」
「そっか、頑張ってるんだな。速瀬も」
「それなりにね」
 フフ、と受話器から聞こえる速瀬の声。
 なんか、ついこの間まで会っていたかのようだ。四年なんて、そんなに長くないのか?
「あ、それで・・・どこで、会う?」
 いつまでも話していたかったが、そうもいかない。
「うん・・・やっぱり・・・」
「あの丘、か?」
「うん・・・」
「そうだな・・・」
 俺たちは、あの丘から始まったんだもんな。
 あれからいろいろあったけど・・・やっぱあの場所で、四人で会いたい。
 それは、四人が持っている共通の思いだったんだな。
「じゃあ、あの丘に・・・三時くらいでいいか?」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ、二人に伝えとく」
「ん、お願い。ごめんね。ホントは、私が連絡すべきなのに」
「いいって。速瀬は当日、俺たちに元気な顔を見せてくれればさ」
「ん。ごめん」
「じゃあ・・・悪いけど、俺まだ仕事残ってんだ」
「え? こんな時間まで?」
「あはは、俺も忙しい身だからさ。あ、でも当日は絶対に空けるよ」
「フフッ、楽しみにしてる」
「俺もだ」
「それじゃあ、また」
「うん、それじゃ」
 ツー、ツー、ツー。
 速瀬が切るのを待って、俺も通話を切る。
 ふと思い立って、着信履歴に残っていた携帯電話の番号を、携帯のメモリに登録する。
 『速瀬水月』
 これで、いつでも速瀬に連絡が取れるな。
「あ」
 つきあってる奴のこととか、聞かなかったな。
 そんなことをふと考える。
 だったら、速瀬に恋人がいなかったら、どうするんだ?
 自問自答。
 あのとき、孝之に『頼む』と言われたとき、俺は正直嬉しかった。でも、二人の気持ちを考えると、承諾するわけにはいかなかった。
 それなのに、今更?
 俺は、あれから何人かとつきあっては、しっくりいかないからという理由で別れてきた。それは、自分の心の中に、まだ彼女がいたからだろうか。
 『今更』ではなく『今なら』俺は自分の想いに、正直になれるだろうか。
「よし」
 今度会うときに、思い切って聞いてみよう。そしてもし、つきあっている恋人がいなかったら、告白してみよう。
 今度は同情でなく、本気で愛したいから。
「とにかく、孝之に連絡だな」
 携帯のメモリから孝之の名前を探す。そう言えば、孝之に電話するのも久しぶりだな。
「孝之も、きっと喜ぶな」
 そうだ、カメラを持っていこう。そして、また四人で写真を撮ろう。
 再会の印として。
「もしもし、慎二か?久しぶりだな」
「おう、孝之。夜遅くにスマン。実はな・・・」

 END

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