君が望む永遠 サイドストーリー「君ができること、僕ができること」Ver1.00

#4

 そして次の休み。俺達は日帰りで温泉に行くことになった。
 ・・・のだが。
「鳴海君、リラックスだよリラックス」
「は、はい」
 俺は緊張した面持ちでハンドルを握る。
「鳴海さん。みんなの命を預かってるんですからね。頼みますよ」
「はっはっは。お父さんが隣にいるから大丈夫だよ」
「あらあらあら」
「孝之君・・・頑張ってね・・・」
 何で涼宮家全員とお出かけデスカー。

 ことの起こりは、あの日の夕食を涼宮家でいただいたことだった。
「あのね、鳴海さんが運転免許を取ったんだって」
 食事中、茜ちゃんが話題を出した。
「でも、運転する車のことすっかり忘れてたんだよ。お姉ちゃんをドライブに連れていくつもりだったのに」
 ガーン!
 ココデモモチダシマスカ・・・。
「すみません・・・」
「はっはっは、鳴海君らしいね」
 豪快に笑うお父さん。
「まあ、車なら私のを使うといい。私もめったに乗ることは無いからね」
「いや、でも」
 だって、お父さんの車って、あの『ギャ』レージにある車ですよ? 高級セダンですよ? そんな高そうな車に、初心者マークをつけて走るんですか?
「ちょうどいいじゃないですか鳴海さん。これで、姉さんとドライブ行けますよ」
 茜ちゃんが『万事OK』と言った調子で微笑む。
「い、いや、そうだけど・・・自信無いなあ」
「ふむ、では私が隣に乗るから、練習してみるかね?」
「え? お父さんが・・・ですか?」
 まあ・・・それなら安心だけど・・・。
 慣れておいたほうが良いのは事実だし。
「あ、いっそのこと皆で行くのは? 温泉でしょ? 私も行きたいし」
「あらあら、それもいいわね」
 え?
「ふむ、それも良いかもしれないな。どうだろう鳴海君」
「ええと・・・」
 この状況で、誰が断れると言うのですかね?
「ぜひ、お願いします」
 ぺこっ。
 こうして、涼宮家と温泉に行くことになったのだ。

「鳴海君。次の交差点を右」
「はい」
 交差点に入る50メートル前からウインカーを点滅させ、車を右に寄せ減速。
 斜め後方を目視して右折。
 ・・・ふう。
 なんか教習中より緊張するんですけど。
 慎二の車で仮免練習したときは、結構気楽に乗ってたんだけどな。
 ぶつけてもいい? って聞いたら激しく首を振られたが。
 ケチなやつだな。やはりデブジューか。
「・・・次、3つ目の信号を左。そうすれば一本だから」
「はい」
 イカンイカン。今はよけいなことを考えている余裕はなかったよ。
 しかし、お父さんが隣ってのは激しく緊張しますね。
 何だか後ろでは、遙が同じくらい緊張のまなざしで俺を見てるし。
「お姉ちゃん。そんなに緊張すると疲れちゃうよ」
「うん・・・でも・・・」
 両手をぐっ、と握りしめて俺の運転を見つめているらしい。
「遙、俺は大丈夫だから」
「うん・・・でも・・・」
 頷きながらも真剣な眼差しで俺を見ている。
 ダメだな。こりゃ。
 早く運転上手くなろう・・・。

 到着した温泉は比較的穴場という感じで、あまり客はいなかった。俺は何とか無事に車を駐車すると、遙と同時に安堵のため息をついた。
「鳴海君。初めてにしては、上出来だと思うよ」
「はあ・・・ありがとうございます」
 なんか、非常に肩が凝った気がする。
 その意味でも、温泉で正解だったかも・・・。

「あ、この温泉、混浴あるんだ」
 茜ちゃんがパンフレットを見て言った。
「あらあら、そうなの?」
「うん、ある、というよりもそれが目玉みたい。なんか女性は専用の水着みたいのを貸してくれるみたいだよ。お姉ちゃん。これで鳴海さんといっしょに入れるね」
「え? ・・・うん・・・」
 照れる遙。可愛いねえ。
「鳴海さん。顔がニヤケてますよ」
 ガーン!
 慌てて顔を抑える俺。また気づかぬうちにか? お父さんとお母さんの前で?
「ふふっ、嘘です」
「・・・やめてくれよ茜ちゃん」
 悪戯っぽく微笑む茜ちゃんを見つつ、ため息をつく俺。
「じゃ、先行きますね。また中で会いましょう」
 そう言って3人は女湯へと入っていった。
「我々も行こうか」
「あ、はい」
 お父さんに促され、俺も男湯へ向かった。

 いや、温泉っていいねえ。
 ここの温泉は内風呂が2つとサウナ、そして目玉の巨大混浴露天風呂がある。
 俺とお父さんはさっと体を洗うと、取りあえず内風呂に入る。
 あーっ、生き返る気分。
「やはり、いきなり長距離の運転は厳しかったかね?」
「あ、いえ。お父さんの案内があったのでそうでもありませんでしたよ」
 お陰で激しく緊張はしましたが。
「そう言ってくれると嬉しいな」
 まあ、お父さんも何だか嬉しそうなので、いいかな。
 そうだよな、こう言うところに家族で来ても、いつも自分一人だもんな。
「鳴海君」
「はい」
 不意にかしこまってお父さんが俺を呼んだ。
「・・・ありがとう」
「・・・え?」
「遙を、選んでくれて、ありがとう」
「え、あ、いや、何言ってるんですか」
「正直、鳴海君はもう遙の元へは帰ってこないと思っていたよ。あー・・・速瀬・・・さんだったかな。彼女との生活を選ぶものだと思っていた。何しろ、私自身が、鳴海君に自分の生活を選ぶように言ったのだからね」
「お父さん・・・」
「前にも言ったかと思うが、私は遙の父親だからね。遙の事を一番に思ってしまう。だから、遙の意識が戻ったとき、遙には鳴海君が必要だと考え、君に連絡したのだ。言ってみれば、私が鳴海君の生活を壊してしまったのだよ。私が連絡さえしなければ、鳴海君は、速瀬さんと今も変わらない生活を、送っているはずなのだからね」
 お父さんはいつにも増して饒舌だった。
「そんな・・・止めてくださいよ。俺は、あの時お父さんに呼ばれたことを嬉しく思ってますよ。そうでなければ、俺は二度と遙に会うことが無かったかもしれないんですから。そして、自分の想いをこうして見つめ直すことも、無かったんですから」
 何か、前にもこんなことを話した気もするが、気のせいだろうか。
「今は、水月とは離れちゃいましたけど、水月は、俺と、遙の親友なんです。きっといつか、水月も笑顔で戻って来てくれると、俺は思ってます」
「君は・・・強いな」
「そんな、弱いですよ。だって俺は、遙のことを待てなかったんですから」
「いや、そんなことは無いよ。迷って、迷って、壊れそうになるほど悩み抜いて答えを導き出したとき、その思いは、強くなるものだと、私は思うよ」
「これからも・・・迷うかもしれませんよ?」
「そのときはそのときだろう。人生、何が起こるかわからないのだから」
 お父さんはそう言って笑う。
 ああ、そうだな。
 お父さんは、俺なんかよりずっと多くの経験をしているんだ。
 だからこそ、今のような言葉が出せるのだろう。
 俺は・・・お父さんみたいな大人になれるだろうか?
「そろそろ遙たちも出てくるのではないかな。私たちも行こうか」
「はい」
 思いつめたような俺の表情を察してか、お父さんは俺を促すと、露天風呂へと歩き出す。俺は一拍置いてから、お父さんの後をついていった。

「あ、お父さんだ」
 露天風呂では既に女性陣が揃っていた。さすがに外は寒く、俺たち以外は誰もいないようだ。
 さすがに外にいるのは寒いので、すぐに風呂に入る。
 ふう、あったかい。
「お父さん。遅いよ」
「はは、スマンスマン。鳴海君と少し話をしていたからね。やはり、男の子がいると違うなあ」
「あらあら」
 お父さんの言葉に微笑むお母さん。
 しかし・・・風呂用の水着って、バスタオルの大きいやつを輪にして、胸の上と腰を紐で縛ったようなデザインなんだなあ。
 ウム、絶景である。
 ラインがぴったり出るわけでは無いが、やはり両肩が出ているというのが大きいな。
 こう、最近徐々に肉が付いてきた・・・いや、スタイルが戻ってきた遙は言うに及ばず、茜ちゃんのこう、鎖骨のラインがまた・・・。
 あ、ヤバイかも。
 平常心平常心。
 何しろこっちはタオル一丁だからな。
 男用も作ってくれれば良いのに。
「孝之君。そっちにいないで、こっちにおいでよ」
 遙がそう言って自分の隣を指す。なんか、いつに無く積極的だな。
「お、おう」
 遙に促され、隣に移動する。
「ほら、ここからの景色が綺麗なんだよ」
 遙が指す先には、雪化粧をした山が遠くに見えた。透き通るような青空とマッチして、まさに絶景だ。
 遙はこれを見せたかったのか。
 俺は湯の中で、遙の手を握る。
 不意のことに遙は驚いた表情で俺を見るが、それはすぐに微笑みに変わる。
 遙はすっと身体を寄せ、俺の肩に寄りかかる。
 ああ、こういうのも幸せってヤツなんだな。
「あの〜、お二人さん? イチャつくのは、私たちが見てないところでして欲しいんですけど〜」
 はっ。
 茜ちゃんの言葉に我に返る。見るとご両親と茜ちゃんが、複雑そうな表情でこっちを見ている。
「あわわわわっ」
「ややややだっ」
 慌てて離れる俺と遙。
「いや、若いっていいねえ」
「ホントですねえ」
 お父さんとお母さんが、そう言って笑う。
「あ〜あ、私も彼氏作ろうかな〜」
「本当にね。茜にも、鳴海さんのような良い人が、お付き合いしてくれればいいのですけど」
「なっ」
 茜ちゃんの顔が真っ赤に変わる。
「ななな何言ってるのお母さん。あああたしはもっとカッコ良くて、ヌケてなくて、頭が良くて、優しい人を彼氏にするんだからね!」
 お母さんの不意打ちを食らって慌てる茜ちゃん。中々見られない光景だなあ。
 しかし、茜ちゃん・・・俺ってそんなにダメなやつですか?
 まあ、夏の頃の俺を見てれば、納得もするけどな。
 ・・・更正してやるっ。
「私は、今の孝之君でいいからね」
 遙が小声で囁く。
「サンキュ」
 俺は短く、感謝する。
 遙が俺を信じていてくれる。それが、何よりも嬉しい。
 だから、もう、裏切らない。
「そうそう、鳴海さん」
 何かを思い出したかのような表情で、お母さんが俺を呼ぶ。
「何ですか?」
「遙と、婚約してくれると嬉しいんですけど」
「・・・・」
 えーと。
 今、何と言いましたか?
 コンヤク?
 それって、食べ物じゃないですよね?
『結婚の約束』ってヤツですよね?
 ですよね?
 ・・・ふと隣を見ると、遙もキョトンとした顔をしている。
 あ、こっちを見た。
 二人同時に、首を傾げる。
「「えーっ」」
 二人の声がハモった。
「ややややだお母さん。ななな何をいきなりっ」
「そ、そうですよお母さん」
 顔を真っ赤にする遙と俺。
「お母さん。こう言うことは、もう少しタイミングというものを考えてだね」
 さすがにお父さんも少し呆れ顔だ。
「あらあらあら、そうでしたか? 仲の良さそうな二人を見ていたらつい・・・」
 お母さんが不思議そうな顔をする。
 いやいやお母さん。いくらなんでも、このタイミングはないのではないですかね?
 それに・・・俺は・・・。
 俺は遙に目をやる。遙は照れているのか、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
「お母さん」
 俺は思い切って口を開いた。
「悪いんですが、婚約の件、今は、受けることはできない・・・です」
 はっ、という面持ちで遙が俺を見るのがわかった。
 茜ちゃんも、驚いたような表情をしている。どうして? という表情。
「どういう、ことかね?」
 お父さんが尋ねてきた。
「俺はまだ、単なるフリーターです。今後、遙を幸せにする自信が、まだありません。それに、遙にも大学に行くという、目標があります。俺は、それを妨げたくない。まずは、それらをクリアしてから、改めて考えさせてくれませんか」
 これが、今の本音だ。
 別に婚約が嫌なんじゃない。俺は、ゆくゆくは遙と結婚したいと思ってる。
 ただ、まだ俺達はやりたいこと、やらなきゃいけないことが残っている。
 それを達成してから、もしくは区切りを付けてから、考えたいんだ。
 お父さんやお母さん、そして遙は、俺の気持ちをわかってくれるだろうか。
「・・・私も、孝之君と同じ気持ちだよ」
 少しの間の後、遙が口を開いた。
「まずね、白陵大に合格するのが、私にとって一番最初にしなくちゃいけない事なの。婚約とか、結婚とかは、その後考えたい・・・ね。孝之君」
 遙が俺の方を向いて微笑む。俺はその笑顔に頷きで答える。
「お母さん。二人には、まだ早いようだよ」
「そうですねえ」
 お母さんは残念そうな顔をする。
「まあまあお母さん。お姉ちゃんと鳴海さんは『今はダメ』って言ってるんだからさ。鳴海さんが就職して、お姉ちゃんが大学に受かったら、婚約すればいいじゃない」
「そうねえ・・・」
「ね?」
 茜ちゃんが俺たちのほうを向いた。同意を求めているのだ。
「あ、ああ・・・」
「ほら、鳴海さんもああ言ってるし。もうすこし我慢しようよ」
「そうねえ。そうしましょうかねえ」
 なんとか説得成功というところか。えらいぞ茜ちゃん。
「さて、そろそろ出ようかな。どうやら遙も限界みたいだし」
「え?」
 お父さんの言葉に遙の方を向くと、遙が真っ赤な顔でぐったりしていた。
「うわあああっ、遙っ、大丈夫か?」
 今にも沈んでいきそうな遙を慌てて抱えあげる。
「ほえ・・・」
 おいおい、目の焦点が合ってないぞ。
「遙っ、大丈夫か?」
「・・・うん」
「・・・ダメか?」
「・・・うん」
「・・・どっちだ?」
「・・・うん」
 ・・・ちょっとヤバイかも。
「鳴海さん。姉さんのことは任せてもらっていいよ」
「でも」
「だって、鳴海さん女湯入れないでしょ?」
「あ・・・」
 茜ちゃん・・・そんな憐れむような目で、俺を見ないでくれないか?
 遙のことで、頭が一杯だったんだよ・・・。
「お願いします」
「ハイハイ。じゃあ入り口のところで」
 茜ちゃんは気楽な調子で返す。
 まあ、家族が慌てないところを見ると、そうたいしたことではないのだろう。
 ・・・もしかして、日常茶飯事なの?

 遙の回復を待って、俺達は温泉を後にした。帰りはお父さんが運転してくれることになったので、俺は遙の隣に座ることにした。と、言うよりも後部座席の真ん中と言うほうが正しいか。
 遙はさすがに疲れたのか、早々に寝息をたてている。俺は遙を起こさないように、そっと抱き寄せる。
 と、不意に左肩に重みを感じた。振り向くと、茜ちゃんが俺に寄りかかって眠っていた。
 こうして寝顔を見てると、やはり姉妹だな、と思う。なんと言って良いかわからないけど、似てるんだ。
 ・・・しかし、身動きが取れなくなったな。
 こうなると身じろぎひとつ出来ない。俺が戸惑いの表情をしていると、バックミラー越しにお父さんと目が合ってしまった。
 とりあえず、訳もわからなく苦笑する。
 帰りは、行き以上の緊張を強いられていた。


 その後途中で食事をし、涼宮家に着いたのは午後9時を回っていた。
「今日はホントに、ありがとうございました」
 ぺこり、と俺は頭を下げる。
「いやこちらこそ、いろいろすまなかったね」
 と、お父さん。まあ確かに、いきなり婚約の話を出されたときは参りましたがね。
「孝之君。また、連れて行ってね」
「おう、どこだって連れて行ってやるぞ」
 ・・・出来れば、二人で。
「そうですね。今度は二人で行けるといいですね」
 ・・・茜ちゃん。まだ人の心を読む能力、衰えてなかったんですか?
「あれ? 間違ってましたか?」
 俺は苦笑することで答える。茜ちゃんなら、わかるだろう。
「じゃあ、また」
「うん」
 俺はもう一度お辞儀をすると、涼宮家を後にした。
 角を曲がるまで、遙は手を振っていた。

 帰り道、俺はこの先のことを考えていた。
 遙とのこと、自分のこと・・・。
 いろんなことを考えながら、ふと空を見る。
 なんだか、星が綺麗だな。
 あの日から、俺は星が綺麗だってことも忘れていた気がする。
 そうだ、遙と星を見に行くのもいいな。
 12月の星座が一番綺麗だって、誰かが言ってたし。
「ま、とりあえずは、自分の出来ることをするしかないよな」
 とりあえず、少しずつ自分が出来ることをしていこう。
 まだ、時間はたくさんあるんだ。
 なんか、急に走りだしたい気分になったな。
 よし、家までダッシュだ!
 満天の星空の元、俺は走り出す。
 期待も不安も、今だけは忘れられるように。
 今はただ、遙のことだけを想えるように。

end

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