天使のいない12月 ファーストインプレッションSS
「君がいる12月」〜榊しのぶ〜
一度壊れた関係は、もう二度と、同じ関係には戻れない。
それは、元の絆が深ければ深いほど、確実となる。
「どうだった?」
俺の問いに、榊は首を振った。
「そうか……」
沈黙。
今日も、榊は栗原と会うことが出来なかった。
一言、謝りたい。
ただそれだけ、なのに。
それすら叶わず、時間だけが過ぎていく。
それは、そうなのか。
俺達の罪に対する、罰だというのか。
「わたし……どうすればいいの……」
榊はまた、涙を流す。
「今は、やれることをやっていこうぜ……な?」
「うん……」
俺はそっと、榊の肩を抱く。すると、榊も身体を俺の方に寄せてきた。
どちらからともなく、唇を重ねる。
「ん……」
おっと、つい癖で舌をいれちまった。
でもせっかくなので、そのまま舌を絡める。
「んん……」
榊が、女の声で喘ぐ。
そのまま胸に手を伸ばそうとして、今日は扉の向こうに榊の親がいることを思い出した。
仕方なく、唇をはなす。
「……もう、今日はダメって言ったでしょ」
「悪い悪い」
「まったくもう」
そんな俺の仕草に、榊は微笑む。
俺はその笑顔を愛しいと思いながらも、素直に喜べない自分がいる。
つまるところ、俺は榊の逃げ場所なのだ。
俺といる一瞬だけ、榊は罪の意識から解放される。
そんな、悲しい逃げ場所。
それでも。
それでも笑わないよりは、笑う方がいい。
そう思っている自分も、確かに存在する。
いつか思った。
永遠に交わることのない平行線。
俺達は、その上を歩いているのだと。
でも、今は。
もう一人、一緒に歩いて欲しいひとがいる。
───まずは。
まずは、栗原に許してもらうこと。
いや、せめて話を聞いてもらうこと。
そこから、始めないと。
+
「栗原っ」
バイトの帰り、榊の家に行く途中に偶然、栗原を見かけた。
栗原は俺の顔を見るなり、走り出す。
「待て栗原っ」
「いやあっ」
俺は追いかけ、栗原の腕を掴んだ。
「頼む栗原、俺の話を聞いてくれ」
「いやっ、聞きたくないっ」
「頼むから……俺はこれ以上、誰も傷つけたくないんだ……」
嘘。
いや、嘘じゃないのかもしれない。
でも、今の本心は違う。
俺の犯した罪を、少しでも軽くしたい。
ただそれだけ。
でも、栗原は俺の言葉に足を止めた。
そして、
「……うん。わかった」
しばらくの沈黙の後、栗原は小さくうなずいた。
+
ガコン。
「ほら」
「……ありがと」
手渡したのはホットの緑茶。確かコーヒーは苦手だったな、と思い出す。
俺は自分のコーヒーを買うと、その脇に座った。
栗原は、自販機の反対側で、両手で缶を持ったまま立っている。
「栗原……お前、ポイのこと、覚えてるか?」
俺は、栗原を見ずに話し始めた。
「……うん」
「あのとき栗原、一生懸命だったよな。かわいそうだからって。ポイは今ここに生きてるのにって」
「……うん」
「結局……ウチで飼ってるんだけどさ。やっぱ関わるのはめんどくさいよな。放っておけなくなっちまう」
俺は苦笑する。
とにかく、人間関係は薄く軽くがモットーだった。
それは、深く関わってしまったら戻れなくなる自分に対しての防衛のため。
でも俺は、関わってしまった。
だから、放っておけない。
「榊もさ……ポイと同じなんだ」
「……しーちゃんが?」
驚いた表情で、信じられないといった表情で栗原は俺を見る。俺はそれを横目で確認したが、振り向かずに言葉を続ける。
「榊は、栗原を心の拠り所にしてた。栗原がいるから、頑張ろう、強くなろうって、思ってた。だから栗原が離れていったとき、榊は拠り所をなくしてしまったんだ」
俺の言葉を、栗原は無言で聞いている。俺は栗原がき
「俺は、壊れていく榊を放ってはおけなかった。栗原にも相談できない、偶然関わっただけの俺しか、頼るものがない。俺には、榊を見捨てるなんて出来なかった」
「だから……つきあったの?」
「つき合った……とは違う。でも、一緒にいたことは事実だし、これからも一緒にいたいと、思ってる」
「木田……くん」
「榊は確かに頭がいいし、優等生だと思う。でも、榊は言ってたよ。栗原がいるから、自分はやってこられたって。そして今でも、榊は栗原のことを一番に思ってる。それは間違いのないことなんだ」
そう。
間違いのないこと。
例えば俺が、『やっぱり栗原とつき合う。俺が栗原を大事にする』って言ったら、榊は喜んでくれるだろう。
でも現実は、そんなことは出来ない。
俺はもう、栗原の元へは行けない。
これ以上、自分の罪を重ねることなど、出来ない。
「あたしも……しーちゃんのこと、大切に思ってるよ……」
うつむいた声で、栗原がつぶやく。
「今回のことだって、ちゃんと言ってくれたら、笑って祝福したよ……」
そうだ。
全ては、俺の態度が招いたこと。
俺が、しっかりしなかったから……。
「栗原……ごめん……」
「そこで謝らないでよ……あたしが……みじめになるでしょ……」
「……ごめん」
俺は、謝ることしか出来なかった。
身体だけの関係。
そう、思っていた。
でも、栗原はそうは思っていなかった。
俺もいつしか、そう思っていない自分がいることを知っていた。
でも、もう遅いんだ。
「なあ……栗原」
しばしの沈黙の後、俺は口を開いた。
「俺と一緒に……榊を支えてくれないか?」
「え?」
「俺だけじゃ、きっと榊を幸せにすることは出来ないと思う。やっぱり、榊には栗原が必要なんだ」
そう。
栗原が榊の側にいて、いろいろ相談とかして、いつか栗原が幸せになるとき、榊もようやく幸せになる権利を手に入れるんだと、俺は思う。
「……ずるいよ……木田くん……」
掠れた声を絞り出すような、栗原の声。
「……そう……だよな。やっぱ虫が良すぎるよ、な……でも」
頼む、と言おうとした俺の声を遮って、栗原は言った。
「そんなこと言われたら……断れないよ……」
「……栗原……」
栗原は、微笑んでいた。
でも、両目からは涙。
「私だって……しーちゃんのこと、大切にしたいもん」
「……ごめん……栗原……」
「もう……謝らないでって、言ったのに……」
涙を拭きながら、栗原が言った。
「あ、ああ。そうだな」
照れ隠しに頭を掻く。俺のそんな仕草を見て、栗原はクスッと微笑んだ。
久しぶりに思える、栗原の笑み。
そう。
今はこうやって、三人で傷を舐めあえばいい。
俺達はもう、前の関係には戻れないけど。
三人がそれぞれを、必要としているなら。
今は三人で、歩いていけばいい。
三人で、平行線を引けばいい。
「私……どうすればいいの?」
「ああ……とりあえず……今日の夜でも榊に会ってくれないか。そして、明日でも二人で、維納夜曲に来てくれよ。おごるから、さ」
「……うん。そうする」
「じゃあ……今日は俺、帰るから」
「しーちゃんのところには……いかないの?」
「今日は、栗原がいるから」
「……うん」
複雑な、栗原の表情。
でもきっと、俺も似たような表情なのだろう。
「じゃあ明日、待ってるから」
そう言って俺は立ち上がる。
気がつけば、手に持っていたコーヒーはすっかり冷えていた。
冷めたコーヒーに用はないのだが、なんとなくもったいなくてポケットに入れる。
「木田くん……またね」
そう言った栗原の表情は、少し寂しげで。
そして、少し嬉しそうで。
「ああ」
俺は手を振って走り出す。
冷えかけた身体を暖めるように。
「うまくやってくれると、いいけど」
いや、きっとやってくれる。
元の関係には戻れない。
でも、新しい関係になれるなら。
もっと、強い関係になれるのなら。
それは、良かったのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は家への道を走りだした。
おわり
君が望む後書き
……榊さんの話じゃないじゃん(爆死)
と、いうわけでしのぶエンドの話を書きました。どうしても仲直りのきっかけを書きたくて、書いたら榊さんが出てこないという罠が……。
まあ、これから書くかも知れないしのぶエンドのスタートってことでなんとか。
2003.10.16 引っ越し準備がが ちゃある
あ、おまけを少し。
次の日。
カラン。
維納夜曲の扉が開くと、見知った二人の姿が店内に現れた。
一本の長いマフラーを、二人で巻いている。
それは、二人を優しく繋ぎ止める絆のように、
「……よう」
「……こんにちは」
「木田くん……来たよ」
俺達三人の始まりは、こんなセリフで始まった。
おわり。