遙エンド アフターストーリー


    ただいま!

 

                 作:匿名のM



 ん?
 暗い部屋の中で、留守録ボタンがチカチカ光っていた。
 コンビニで買ってきた弁当をテーブルに置き、再生ボタンを押して冷蔵庫に向かう。
 確か、昨日買ったリッターのコーラが残ってたはずだ。
 ピーッ。
『あ…もしもし、孝之…』
 スピーカーから流れ出した予想外の声に、オレは冷蔵庫に向かいかけた足を止める。
『今度の日曜日、顔見せにいくから……』
 細かい音まで聞き逃さないように、オレはスピーカーに耳を近づけた。
 電話の向こうでは、水の音と子供らしき声が、遠くに聞こえている。
『それじゃ、詳しくはそのときに…』
 ピーッ
 忘れない…忘れるはずもない…。
 この声はオレ達の友達水月のものだ。
 気が付くと、オレは再度ボタンを押していた。
 ピーッ。
『あ…もしもし、孝之…』
 懐かしいと思うほどの過去になってしまったのだろうか?
 久しぶりの水月の声に、オレは知らず知らず涙を流していた。
『今度の日曜日、顔見せにいくから……』
 オレ自身、吹っ切れているのかどうか、自信がない。
 思い出さないように……振り返らないようにしていた。
『それじゃ、詳しくはそのときに…』
 ピーッ。
 水月はどうなんだろう…?
 留守電に入っている声からは、そのあたりは判断がつかない。
 無理をして、それでも、安心させたくて顔を見せに来るのなら、やめておいたほうがいい。
 お互いに…みんなそれぞれが、傷つくだけだ……。
 どうする…?
 オレ、一人で会うか……………?
 だけど、一人で会って……想いが蘇ったら、自分を押さえられるのか…?
 ……二人にも知らせておいたほうがいい。
 ぴっ…ぴっ…。
「はい、孝之君…こんな時間にどうしたの?」
 時計を見ると、すでに日が変わっていた。
 今日は遅くなるから電話できないと、言ってたのを、今になって思い出す。
「日曜日、あいてるか?」
「今度の?」
 聞きなれた声に、少し気分が落ち着いてくる。
「ああ」
「孝之君の用事以上の都合なんて…ないよ…」
 オレ達にとっては当たり前になってきてる会話。
 それがやけに嬉しく感じる。
「じゃあ、うちに来いよ」
「うん…なにかあるの?」
「うん…まあ……」
 それ以上、言うことはできなかった。
「孝之…君…?」
「慎二にも電話かけなきゃなんないから、それじゃ」
「あっ…」
 ピッ…。
 まだなにか言いたそうだったが、何を聞かれても、うまく答えられる自信がない。
 明日になればわかることだし……。
 このことに関して話しはじめると、慎二に連絡する時間がなくなる。
 オレは気を取り直して、慎二の番号を表示させた。
 ぴっ…ぴっ…。
「おう、どうした孝之?」
「今度の日曜日、時間とれるか?」
「なんだ? なんかあるのか?」
 わくわくした声で聞いてくる慎二に対して、オレは気圧されぎみになる。
「あ…まあ…な…」
「なんだよ、煮え切らない奴だな。あ、サガの新作の話か!?」
「違うって…」
 そうだったら、こんな電話になってないだろっての。
「ふーん、家にいきゃいいのか?」
「ああ、待ってるぞ、またな」
 ピッ…。
 あれ以上つっこまなかったということは、やっぱり、言い難いことだと解ってるんだろう。
 まあ、付き合い長いし…な。

******

「んで、今日はなにかあるのか?」
「孝之君…そわそわして、どうしたの?」
 それにしても、遅い…。
 何時に来るとは言ってなかったが、もう二時をまわっている。
 遙が来てから三時間、慎二が来てから二時間が経過していた。
 不安に押しつぶされそうになりながら、オレはできるだけたわいもない話を続けていた。
 だけど、オレ自身もう限界だった。
「ああ…実はさ……」
 ピンポーン。
 跳ね上がるように立ち上がり、オレは玄関へと向かった。
 二人ともその勢いに驚き、オレを視線で追う。
「はい…」
 ガチャ…。
「はーい、元気してた?」
 まるで揃っているのを予想してたかのように、水月は玄関に入り、三人の顔を見渡した。
「み……水月ぃ……」
「速瀬…」
「みつっ……速瀬……」
「水月でいいよ……孝之君の呼びやすい呼び方で……ね、水月?」
 悪戯っぽい顔で、にこっと笑ったあと、水月はぷうっと膨れて見せる。
「元気だったかどうか、聞いてるのよ? 3、2、1、はい」
「水月…水月ぃ……」
 遙がしゃくりあげながら、懐かしい親友の名前を繰り返す。
「速瀬…もうすっかり……?」
 とても珍しい慎二の真面目な顔。
 まあ、あの時期はよく見る機会はあったが……。
「ああ、もうっ、せっかくの再会だっていうのに。泣かないでよ、遙」
「そうは言っても、あれから、どのくらいたったと思ってるんだよ…」
 思わず、二人の間に割り込み、はっとする。
 大丈夫…もう、オレは大丈夫みたいだ…。
「孝之、あんたも遙かばってないで、返事がまだよ? 3、2、1、はい」
「ああ…元気だよ……今はな…」
 そう…実際に会ってみるまで、不安に押しつぶされそうになっていた。
 だけど、今は元気だ…。
「良かった………水月に会えた……水月ぃ…」
「やだなあ、泣かないでよ、遙…」
 そう言う水月の頬を、涙が一滴流れ落ちる。
「伝染するんだっての! 速瀬までなんだよ!」
 そう言う慎二も人のことは言えない。
 目じりに光ってるものはなんだ?
 歪んだ視界の隅でしっかり確認したんだからな。


******


「ふ〜ん、結局、捨てられなかったんだ?」
 目の前に置かれたイルカのカップを眺め、水月が懐かしそうな顔をする。
 辛そうな顔でなく、心の底から懐かしむような顔に、オレは救われた気分になった。
「ああ…人数分、揃えた。ごめんな、約束やぶって…」
「これはこれで、嬉しいよ。ちゃんと、あたしの居場所、作っておいてくれてたんだなって、そう思う……」
 捨てるんだったら、みんなで集まれたときに使おうと、二つ追加することを遙も慎二も支持したんだ。
「で? み…速瀬は今なにしてるんだ?」
 水月でいいと言われたって……やっぱり気を使ってしまう。
 それに、その呼び方に慣れないと……。
 オレだって、例え相手が慎二でも遙を呼び捨てにされたら、面白くはないから……。
「ん……水泳教室のインストラクター……結局、水泳からは離れられなかった」
 恥かしそうに顔をそむけながらいう水月…いや速瀬の目の光は白陵柊時代のそれだった。
「つながったんだ……」
 遙のつぶやきに、みんなの動きが止まり、遙がハッとした顔で口を押さえる。
「そうだな…速瀬……」
「速瀬…」
 うまく説明は出来ない。
 なにがつながったのか…。
 だけど、ただの言葉遊びなんかじゃない。
 途切れて、風に漂っていた糸の端が、なにかにつながったような、そんな気持ち。
「ね、乾杯しよ」
 速瀬が真っ赤になった顔で、カップを持ち上げ、みんなの顔をぐるりと見回す。
「照れるなって、こっちまで恥かしくなってくるだろ」
「…再会記念日」
 うっ…。
 オレの顔も熱くなってくるのが解る。
「ねえ遙、それってさ…」
「乾杯だな? よおし、乾杯だ! うん、カンパーイ」
 オレの勢いに押されるように、それぞれがマグを掲げる。
 ………なんとか誤魔化せたか。
「ま、いっか…あとで、ゆっくり聞かせてもらえば…」
 頼むから、忘れてくれ。
「あ…う……ごめんね、孝之君…」
 二人きりのときだけにしてくれと言ったのに、ついこの前も茜ちゃんの前でボロを出しそうになったんだ。
「まあ…頼むから……気をつけてくれ……」
「なんだぁ、まだ思春期真っ最中か?」
「くっ…デブジューがなにをえらそうに!」
「なんだとお!?」
「ふふふ…帰ってきたんだって、実感できる」
 あの頃に戻ったような錯覚。
 だけど、今ではみんなわかっている。
 あの頃より、もっとずっと今の方が良い状態だということを……。
 あの一件が無かったら、速瀬はもっとずっと長い間辛い思いをしていたのかもしれない。
 強い想いは、それがなくなることはない…。
 オレだって、今も速瀬を好きなんだと思う。
 それよりもずっと強い一つの思いが、バランスを取れるようになってきた。
 そういうことだ。
「………かない?」
「え?」
「もうっ、相変わらずね。すぐに考えこんで、人の話聞いてないんだから!」
「いいな、行こうぜ」
 慎二が、手にしていたマグをテーブルに置き、腰を上げる。
「え? え?」
「孝之君……行こ」
 立ち上がった遙がオレに手を差し伸べる。
 訳がわからないままに、その手を取り、オレも立ち上がった。
「それじゃ、しゅっぱぁつ!」
 速瀬を先頭に、オレ達は白陵へと向かった。
 ああ……あそこにいくのか……。
 オレ達のスタート地点。
 全てが始まった場所。
 遙に告白されて、遙に告白した、あの場所……。
 新しい真っ白なページに、またオレたちは思い出を記していく。
 楽しいことだけではないだろう。
『どんな気持ちでも……どんな言葉でも……私にとっては……大切』
 かつて、その場所でそう言ったのは、遙だった。
 今になって……その言葉が本当だと感じられる。
 その言葉が真実なんだって……素直にそう思える。
 傷つけられたことさえも大切な思い出にできるから……。
 オレ達は帰ってきた……この場所に……。

      おわり




 あとがき

 少し書いてみて、ちゃあるさんのHPを見つけて、
 ちゃあるさんの書いたものに感動しつつ、自分のを見て凹んで、
 それでも、最後まで書ききってみました(^^;

 設定が似ているのは・・・偶然です(^^;
 水月が水泳関係の仕事してるとか・・・。
 ここでは出てきませんが、遙がどうしてるとか、孝之がいま何をしてるとか・・・。
 そっくりだったりします・・・(^^;

 それでは、お目汚し失礼しました。
 創作意欲に火をつけてくださったメーカーの方々。
 それから、同様に創作意欲に火をつけてくださり、
 発表の場まで与えてくださったちゃあるさんに感謝をこめて・・・。



 ちゃあるからの感想

 ……偉そうですね、俺(^^;
 ま、それはそれとして。ああ「こういう再会もいいなあ」と素直に思いました。
 作品中の細かいネタをさらりと出すところなんか、うまいと思います。
 個人的には乾杯の直前付近の言葉が好きです。
 まだ僕は「再会部分」は執筆中なのですが、良い目標ができたな、と思います。
 これからもいろいろな話を読ませてください。

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