グリーングリーン Side Story ちっちゃいってことは?(1)
12月7日(1)
「ただいまっ、うー、寒」
僕は、机の上に置いてある、小さなサボテンに話しかけた。
株に比べると二周りほど大きな鉢の中には、僕が作った、手作りのブレスレットが置いてある。そして、その隣には、拳大の小さな株。
これが、朽木若葉だ。
「今日も轟がうるさくてさ、もう、大変だったよ」
『そうですか。大変でしたね』
いつもと同じ、会話。
「祐介どん、またサボテンと会話でごわすか」
俺の背中から話しかけてきたのは、同室の天神泰三だ。
「ああ」
恥ずかしがらず、悪びれずに僕は答える。
「よくもまあ、飽きないものでごわすな」
「言ってろ」
天神が、僕のことを心配して言っているのは、わかっていた。でも、きっとわかってはくれないだろう。
『ごめんなさい先輩。私の声が、天神先輩にも届けばいいんですけど』
「いいんだ。僕は、なんともないから」
どうやら若葉ちゃんの声が聞こえるのは、僕だけらしい。
多分あの夏の日、僕たちが結ばれたことで、心が通じ合うようになったのではないかと、若葉ちゃんは言う。
確かに、僕も他の植物の声は、聞くことが出来ない。聞こえるのは、若葉ちゃんの声だけだ。
おかげで僕は、天神やバッチグー、一番星からは不思議ちゃん扱いされている。失恋のショックでこうなったのだと思われている。
それでも、友達でいてくれるのだ。本当に良いやつらだと、思う。
「あの夏の日、若葉ちゃんの声が聞こえなかったら、僕はどうなっていたかわからないよ」
『そんなこと、言わないでください。……悲しくなります』
「あ、ゴメン。でも、僕は、今こうやって若葉ちゃんと話が出来るのが、すごく幸せだと思うよ」
『ありがとうございます。高崎先輩』
後ろでは、早くも天神のいびきが聞こえた。まともな娯楽もない、全寮制の男子校だ。楽しみと言ったら食うことと、寝ることしかない。
「……じゃ、僕ももう、寝るから」
『はい』
しばらく話した後、僕は立ち上がり、押入に向かった。
「じゃ、おやすみ……」
『おやすみなさい……』
部屋の電気を消し、僕は眠りについた。
12月7日(2)
「先輩……高崎先輩」
若葉ちゃんの、声が聞こえた。
そんな、馬鹿な。
「起きてください……高崎先輩」
確かに、聞こえた。
「若葉ちゃんっ」
僕は若葉ちゃんの名を叫びつつ、跳ね起きる。
「な、なんでごわすか?」
僕の声に驚いたのか、僕の上から天神の声がした。
「あ、すまん。寝ぼけた」
「そうでごわすか……ぐがー」
寝つくの早いな。
って、そうじゃなくて!
僕は机の上に置いてあるサボテンに目をやった。
一見、何も変わらないように見えた。
サボテンの株が、月明かりに映し出されて青白く見える。
真ん中の、拳大ほどの小さな株、そして隣に置いてある、緑の石をつけた、ブレスレット。僕が、若葉ちゃんに送った、プレゼント。
「高崎先輩」
「!」
声は、枕元から聞こえた。
僕は慌てて、PHSを探す。今も着信しかできないPHSは、時計機能の他に、バックライトを使った簡易懐中電灯としても、役立てている。
「ここですよ。先輩」
声の方にPHSの明かりを向ける。その中に浮かび上がる姿。
「ああっ」
僕は思わず声をあげた。
そこには30センチ足らずの、全裸の少女が立っていた。
「若葉ちゃん……」
「えと、なんとか実体化できました。エヘ、まだ、小さいんですけど」
不意に涙がこぼれ落ちた。
涙が、一粒、二粒。布団の上に、落ちる。
「高崎先輩。泣かないでください」
若葉ちゃんは、僕に駆け寄ってきた。
「あ、ああ……」
「大丈夫ですよ。実体化出来たということは、術は解けていないと言うことです。もっと力を取り戻せば、元の姿に戻れますから」
「良かった……」
僕は手で涙を拭う。若葉ちゃんが、帰ってきた。
「しかし……」
安心と共に冷静さを少し、取り戻す。
「どうかしましたか?」
「服、無いよな?」
若葉ちゃんは全裸だった。一応あの事件の後、若葉ちゃんの服は全部取ってある(あんなところに置きっぱなしでは、理由も付けられないからだ。後日こっそりと洗濯もした。)が、若葉ちゃんがこのサイズでは全く役に立たない。
「……どうしよっか。あ、とりあえず……」
僕は、押入から起き出し、引き出しからハンカチを取り出す。
「これにくるまっててよ。服は、何とかするから」
「ありがとうございます。高崎先輩。優しいんですね」
「いや、それは、あの、もし見つかっても、若葉ちゃんの裸を他のヤツに見せたくないから」
「ふふっ、わかってますよ」
白のハンカチを纏う若葉ちゃん。
「綺麗だ……」
PHSの薄暗い明かりに浮かび上がる姿を見て、純粋に、そう思った。
「え?」
「あ、いや、何でもない」
僕は照れを隠すためにそっぽを向く。
「嬉しいです。高崎先輩」
若葉ちゃんは、優しく微笑んだ。
12月8日
次の日。
「若葉ちゃん、これ、合うかな?」
「え?」
僕が持ってきたのは、軍人の人形だった。クラスのヤツが何体か持っていたのを思い出し、借りてきたのだ。
「さすがに下着とかは無いけど、とりあえず、これで、さ」
「はい。じゃあ、着替えますね」
若葉ちゃんは僕から服を受け取ると、そのまま着替え始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
僕は慌てて後ろを向く。
「はい、どうぞ」
「え? どうして後ろを向くんですか?」
「だって、着替えるんだろ? 見てちゃ悪いし」
「悪いもの、なのですか?」
「まあ、そうだと、思う」
「先輩は……私のハダカ、お嫌いですか?」
「そ、そうじゃなくて。一般常識としてだね」
「そう……ですか、わかりました。とりあえず、着替えますね」
「おう、出来たら教えてくれ」
「はい」
微かに、布のこすれる音がする。
妙に、刺激的だ。
「先輩。着替えました」
若葉ちゃんの声に、僕は振り向く。
「ちょっと、だぶだぶなんですけど……」
少しサイズが大きいらしい。あげくに体格が異なるため、両手両足を大きくまくった状態になっている。
「でも、着られなくはないです」
若葉ちゃんは身体をあちこち動かしてみる。
む、胸の谷間が、セクシーだな……。
あ、いかんいかん。
「どうかしましたか?」
若葉ちゃんの声に、僕は慌てて首を振る。不思議そうな顔をする若葉ちゃん。
「……ま、まあ……これでよし、だな。後は、見つかったときの理由付けだが……」
僕は腕を組んで考える。僕の姿を見て、若葉ちゃんも腕を組む。
「うーん、うーん」
若葉ちゃんは、右の人差し指をこめかみにあてる。
「ふにゅ〜」
そのまま、首を傾げる。
「うにゅにゅにゅ〜」
「……思いついた?」
「……だめです。思いつきません〜」
……正直、期待してなかったけど。
「じゃ、仕方ない。ありきたりだが、人形ってことで行こう。わかった?」
「了解です。高崎先輩」
「だから、人前では動いたり、しゃべったりしないでよ?」
「え? なんでですか?」
「人形だから」
「え? 人形って、動かないんですか?」
首を傾げる若葉ちゃん。
「……一応言っておくけど、動かないから」
「あ、そうですね。式神とは違いますものね。わかりました」
きっと若葉ちゃんは、双葉が創る式神と同じようなものを想像していたに違いない。
本当に、大丈夫かな……。
僕は何となく、心配になった。
12月9日(1)
日曜日。
僕は貴重な休日を使って、街に出ることにした。
「本気でごわすか?」
「大丈夫。何とかなるだろ」
驚く天神に、僕はそう答えた。
駅まで歩いて3時間。それから電車に揺られることを考えると、おそらく街にいられるのは1時間程度、でも、行かないとならない。
若葉ちゃんの、服を買うために。
……いくらなんでも、購買に「人形の洋服を」とは言えないし。
……エロビデオを調達できるくらいだから、何とかなるか?
いやいや、せっかくだから、若葉ちゃんに選んでほしいし。
「じゃ、行って来る」
「祐介どん、サボテンも持っていくでごわすか」
「ああ、たまには外の空気も吸わせてやらないとな。じゃ」
「気を付けるでごわすよ」
心配そうな天神に手を振ると、僕は外に飛び出した。
徒歩と電車を乗り継いで、僕は麓の町にやってきた。ここには、小さなおもちゃ屋が1件だけある。一度、ゲーム機をみんなで買いに来ようとしたので覚えている。
……あのときは、金が足りなかったんだよな。
見覚えのある路地を曲がると、そこにおもちゃ屋があった。
どうやら閉まっているという、最悪の事態は避けられそうだ。
「いらっしゃい」
中にいた中年の親父が、愛想無く言う。
僕はまっすぐ女の子向けの人形が置いてあるスペースに向かう。
「どれがいい?」
僕はサボテンを使って親父から死角をつくると、鞄の中の若葉ちゃんに向かって尋ねた。
「うーん……、先輩の好きなものでいいですよ」
「そう言われてもなあ……」
最近の人形は、服のバリエーションが広い。
……こんなぼろ店に、何故これだけのバリエーションがあるのか親父に尋ねたいが。
「あ、黒の下着がありますよ。どうですか?」
「ど、どうですかって……」
大人の女性が着けるような、セクシーな下着。
ちょっと、想像した。
あ……いいかも。
いやいや。
「えー、まだ若葉ちゃんには早いと思います」
「そうですか? まあ、先輩がそう言うのなら良いですけど」
不意に視線を感じ、ちらりと横を向く。
親父が、じっとこっちを見ていた。
ひええ……。
変なヤツだと思われたかな。
……まあ、サボテン抱えたまま女の子向けの人形売場でぶつぶつ言ってる人間が、怪しくないなんて誰も思わないだろうけど。
「……アンちゃん、人形、好きか」
不意に親父が声をかけてきた。
「い? え? は、はい……」
驚きつつも何とか返事をする。
「そっかそっか。実はな、俺も好きなんだ」
「は、そうですか……はは」
苦笑い。
「やっぱ、人形は男のロマンだよな」
「そ、そう……ですね」
多分……違うと思うぞ。
「いいの……あったか」
「いや……えーと、動きやすい服、がいいかな、とは思うんですが」
「そうか、アンちゃんはスポーティーなのが好きか」
多分意味を取り違えているのだとは思うが、親父の言葉に頷く。
「じゃ、これどうだ」
そう言って親父は服の束の中からごそごそと出してくる。
「これって……」
「おうよ、これこそ男のロマンだろ?」
親父はニヤリと笑う。
親父が手に持っているのは、体育着とブルマだった。
まあ……否定しないこともない、けど。
「さすがに……それは……」
「じゃあな、これもつけるぞ」
と言って親父はジャージを取り出す。
何故こんなマニアックなものを?
「ウチはオリジナル作品を作ってるからな」
さ、さいですか……。
結局、ブルマ&ジャージセットと、白の下着、靴下(これらは予備も買った)それに親父が是非にと押しつけられたデニム地のミニスカートとブラウス、ついでにコートを購入した。
……小遣いはほとんど無くなったがな。
「なんか、すごい店だったな」
俺は親父に押しつけられたカタログを眺めながら、若葉ちゃんに言った。
どこぞやの通販カタログ並の品揃えだ。確かに、カスタム品は値が張るが。
……おい『鐘の音学園女子制服』3万って何だよ。
「でも、女の子のことを真剣に考えていらっしゃるんですね」
「いや、それは違うと思うぞ」
あれは完全に親父の趣味だ。
……おかげで助かった、というのも皮肉な話だが。
12月9日(2)
部屋に戻ると、幸いなことに天神は居なかった。多分バッチグーあたりと一緒に居るんだろう。
これ幸いと、早速着替えてもらう。
「どうですか?」
そう言って振り返ると、下着姿の若葉ちゃんが立っていた。
慌てて後ろを向く。
「ど、どうですかって、服着てないじゃないかっ」
「だって、せっかく先輩が素敵な下着を買ってくれたのに……」
「え?」
照れた表情をする若葉ちゃん。
つられて僕も赤くなる。
「あ、はい。綺麗だと、思うです。だから、ね?」
しどろもどろになりながら僕は若葉ちゃんに服を渡す。
あのとき、若葉ちゃんの裸身は、隅々まで見たはずなのに。
こんなにも、下着姿にどきどきするなんて。
……慣れて、無いんだな。
「何か、おかしいですか?」
僕が苦笑したのを見て、若葉ちゃんが自分の身体を見る。
「いや、若葉ちゃんがおかしいんじゃないよ。とりあえず、着替えて」
「はい」
若葉ちゃんは僕の言葉通りに着替えていく。とりあえず体育着を着て、その上からジャージを着る。
「はい、出来ました」
僕は若葉ちゃんの声に振り向く。ジャージ姿の若葉ちゃんが、そこに立っていた。
……かわいい。
「どうですか?」
「あ、えっと、似合ってると思うよ」
「先輩にそう言ってもらえると、嬉しいです」
「そっか」
「そうです」
若葉ちゃんはその場でくるりと回ってみせる。サイズも丁度良いようだ。
「あ、先輩。ブレスレット、かけて良いですか?」
「え? ああ、いいけど」
「あはっ、嬉しいです」
若葉ちゃんはブレスレットの紐を肩からクロスにかけた。
「ちょっと、大きくないか?」
「いいんです。先輩が最初にくれたプレゼントですから、いつも持っていたいんです」
若葉ちゃんはそう言って微笑む。
本当に、いい子だなあ。
ジャージ姿に、ブレスレットを肩から下げた若葉ちゃん。
……なんか、いい。
「あとは、髪を束ねる紐か何かあれば、いいんですけど」
「ああ……糸じゃ、だめかな」
「大丈夫だと思います」
僕は何故か持っている裁縫箱から、赤の糸を取り出し、短く切った。
「これで、いい?」
「はい」
渡した糸を使って器用に髪を束ねる。
やっぱ、女の子なんだな。
「はい。朽木若葉、全部終了しました」
にこっと笑う若葉ちゃん。
「よしよし……後は、サボテンが成長するのを、待つだけだな」
「春には、かなり大きくなると思いますよ。順調に行けば、ですけど」
確かに、夏から冬にかけて、結構成長したもんな。
「そっか。そしたら、朽木に連絡して、また転入の手続きを取ってもらえばいいな」
「……上手く行けばいいですけど」
「うん。でも、まずは若葉ちゃんが立派に成長することだね」
「はい。頑張ります」
若葉ちゃんはぐっとガッツポーズをする。
これから、何があるかわからないけど。
俺も、頑張らないとな。
続く
俺が望む後書き
えーと、グリグリ関係では久しぶりです。
今回は初の連作もの、となります。もっとも、設定的には『いもうと』の続編となっておりますので、そちらを読んでおくと良いかと。
えーと、連作ものにした理由ですが……。
「1本で書いてたら終わらないから、でしょ?」
おおっ、双葉っ。何故ここに。
「だってヒロインだし」
馬鹿なっ、今回は若葉エンド後の話をっ。
「どうせ次で登場するんだから、良いじゃない」
……まあ、そうですが。
「だから、早く書きなさいよ」
了解です。
「では、お相手は朽木双葉と」
ちゃあるでした。
2001.01.09 ちゃある