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グリーングリーン Side Story ちっちゃいってことは?(2)





  12月10日


『はい、朽木です』
「あ、えー、高崎と申しますけれども、双葉さんはいらっしゃいますでしょうか?」
『少々……お待ちください』
 受話器から保留音が流れる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫」
 ただ電話をかけるだけで、こんなに緊張するとは思わなかった。
 僕は今、双葉のところに電話をかけている。電話番号は、若葉ちゃんから教えてもらった。今は食事の時間だから、寮には誰もいない。1食抜くのはきついが、天神には「ちと腹痛で」と言ってごまかした。もっとも「後で腹減るかもしれないから、なんか取ってきて」とも言ってあるが。
 電話をかける理由は2つ。双葉への報告と、今後についてのアドバイスをもらおうと思ったのだ。


 ……3分経過。


 手持ちの10円玉が次々と飲み込まれていく。
 早くしてくれ……。
『もしもし?』
 受話器から聞こえたのは、朽木双葉の声。
「あ、もしもし、鐘の音学園の高崎祐介だけど」
 自分をどう紹介していいかわからず、とりあえずそう答える。
『そんなのわかってるわよ。あたしが知ってる男で高崎は、あんたしかいないから……それにしてもよく、ここの番号わかったわね』
「ああ、それは……」
「お姉さまっ、私です。若葉ですっ」
 俺の言葉に、若葉ちゃんが割り込んできた。
『ああ、若葉……そっか、戻れたんだ』
「お姉さま、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 若葉ちゃんは受話器に向かって、何度も謝る。
「お姉さまのご命令を守らなくて、ごめんなさい……」
『……もう、いいわよ』
「え?」
『若葉はもう、あたしに従う必要はないわ』
「どうしてですかっ。私はお姉さまの……朽木双葉の式神として……」
『その役目は終了。私の式神である朽木若葉は、台風の中、主人であるあたしを守るために、その力を使い果たしたのよ』
「そんな……」
『そう言うことにしてあるの。だから、あたしは次の式神を作ることにしたの。まあ、来年にはそっちに編入するつもりだから、そのときには紹介できるわね』
「お姉さま……」
『ねえ、若葉。あんたはもう自由なのよ。あたしの命に従う必要は無いの。あんたが本当にしたいことを、しなさい』
 双葉の声に、若葉は泣き出していた。
 僕は泣き続ける若葉を横に、受話器を取る。
「もしもし朽木。若葉ちゃんのことなんだけど……」
『ん? どうかしたの?』
「身体が、小さいままなんだ。30センチくらい」
『ふうん。それは多分、生命力が足りないだけよ』
「生命力?」
『ええ。あたしがいれば、あたしの力で身体の構築が可能だけど、あたしがいないから、若葉は自分の生命力で身体を構成しなければならないの。それが足りないんだわ』
「どうすれば、いいんだ?」
『そのままにしておけば? 成長すれば大きくなれると思うけど、かえってそのままの方が、そこに居やすいんじゃない?』
 双葉に言われて気づいた。若葉ちゃんが大きくなるのはいい。でもそのとき、どう説明する?
 まだ小さいまま、人形としてごまかす方が、いいんじゃないか?
 ……考えがまとまらない。
『ま、考えても、別にすぐ大きくなる訳じゃないから』
「それもそうだな」
『……あまり心配なら、冬休みにでも、会ってあげても良いわよ』
「本当か?」
『……え、ええ。……一応、若葉の顔も見ておきたいしね』
「じゃ、じゃあ……」
 僕は慌てて日にちと、場所のメモを取る。冬休みなら俺も実家に帰るから、身動きも取りやすい。
 幸いにも互いの家が関東圏だったため、待ち合わせ場所は東京ということにした。
『忘れないでよ。あたしも忙しいんだから』
「お、おう……それじゃ、もう10円玉無いから」
『はいはい。ごくろうさ……』
 チャリン。
 ツー、ツー。
 丁度電話が切れた。
 ふう、ぎりぎりだったな。
「ひっく、ひっく……」
 見ると、若葉ちゃんはまだ、泣いていた。
 僕は若葉ちゃんをそっと抱え上げると、肩に乗せた。
「冬休みにさ、朽木が会いたいって。若葉ちゃんに」
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「……良かった」
 若葉ちゃんは涙を拭う。
「な、だから泣くのやめようよ」
「はい。泣くの終了〜」

 ……どっかで聞いたようなセリフ。


 まあとりあえず、冬休みを待つか。





 12月21日(1)


「じゃあまた、来年でごわすな」
「ああ、餅食い過ぎて死ぬなよ」
「おいどんは30個はいけるでごわす。死ぬことはないでごわすよ」
「そっか」
「冬休みは北海道に行くっしょ。ハニーに会いに行くっしょ!」
「はいはい、頑張ってな……一番星は?」
「俺? 俺は……ナンパ」
「さいで」
 それぞれの思いを乗せ、バスが走る。なんだかんだ言っても、バスから電車までは、みんな一緒だ。


「じゃ」
「おう、祐介。また来年」
「来年でごわす〜」
「ハニー、今行くっしょ〜」
 僕たちは、県内で一番大きな駅で、それぞれ別れた。
 そこでやっと、鞄から若葉ちゃんが顔を出す。
「若葉ちゃん。大丈夫だった」
「はい。ちょっと苦しかったけど、大丈夫です」
「じゃ、行こうか」
「はい」
 僕は実家へと向かう電車に向かった。





  12月21日(2)


 やはり、久しぶりの実家は良い。
「成績は、悪くないんだけどねえ……」
 この、母親の言葉さえなければ。
「素行がねえ……何? 2学期だけで停学6回ってなによ?」
「仕方ないだろうが」
 大体、僕のせいじゃないんだし。
「全寮制の学校ならまじめに勉強してくれるだろうと思ったのにねえ……」
「それは去年聞いたよ」
 僕はこたつの上からミカンを3つほど掴むと、さっさと自分の部屋へと戻った。


 久しぶりの、自分の部屋。
 夏以来だから、4ヶ月ぶりか。
「お帰りなさい」
「おう。ミカン、食べる?」
「はい。いただきます」
 若葉ちゃんは、僕のベッドに座っていた。サボテンはと言うと、窓際に置いてある。
 僕はベッドに腰掛けると、ミカンを剥き、一房、若葉ちゃんに渡す。
「いただきます」
 若葉ちゃんのサイズだと、一房食べるのにも結構な苦労がある。
 悪戦苦闘しながら食べる様を見ながら、僕は自分の分のミカンを食べる。
 ん、甘い。
「お姉さまに会うのは、24日、でしたよね」
「ああ、そうだね」
 カレンダーを眺める。そっか、24日……。
「クリスマスイヴじゃないか」
「そうみたい、ですね。それがどうかしたんですか?」
「いや……イヴ、予定無いのか、と思って」
「クリスマスイヴって、特別な日なんですか?」
 ああ……若葉ちゃんはクリスマスイヴをよくわかってないのか。
「えーと、そうだな……多分」
 自分でも、どう特別なのか、説明が出来ない。
「まあとにかく、恋人同士が一緒にいたりする日なわけだ」
「う〜ん、よくわからないです〜」
 僕もわからないんだよ。
 ただ、周りが騒ぐから、特別のような気がしてるだけなんだ。
「じゃあ、お姉さまには特別な人はいないってことですか?」
「そんなの、僕に言われても困るよ」
 苦笑。
「じゃ、じゃあ……高崎先輩は、その……」
「ん?」
「私と、一緒にいたいとかって、思いますか?」
「ああ……そうだな……」
「……ごめんなさい、先輩」
 不意に若葉ちゃんが謝ってきた。
「ん? なに、どうしたの?」
「だって、私が普通の大きさだったら、高崎先輩と一緒に居られるのに……」
 若葉ちゃんはミカンを抱えたまま、うつむく。
「何言ってんの若葉ちゃん。僕たちは、一緒にいるだろ?」
「え?」
「大きさなんて関係ないよ。僕の隣には今、若葉ちゃんがいる。それでいいじゃないか」
「高崎先輩……」
「僕は、若葉ちゃんのこと、好きだよ。あのときから、変わらず」
「私も……高崎先輩のこと、好きです。大好きです」
 若葉ちゃんは僕に近寄ると、僕の左腕を、ぎゅっと両手で抱きしめた。
 微笑みつつも涙を流す若葉ちゃんが、僕にはものすごく愛おしく思えた。





  12月24日(1)


 約束の日。
 僕は待ち合わせで指定した、駅前のオブジェの前に立っていた。
「ホントに、11時で良いんですよね?」
 鞄の中の若葉ちゃんが、僕に尋ねる。
「うん……、間違いない、と思うんだけど……」
 僕はあのときのメモを、もう一度開いた。
 うん、確かに11時って書いてある。
「でも、今……」
「うん……」
 時計がわりのPHSを見る。
 時間は、11時30分。
「朽木の家に、電話した方がいいかな?」
「ええ……もしかしたら、その方がいいかもしれませんね」
 しかし、この付近に公衆電話は、無い。
 手元のPHSは、料金未納のため着信専用となっている。
「……悪い、待った?」
 悩み始めたところで背後から知ってる声がして、振り向いた。
「ちょっと、支度に手間取って、さ」
 そこには深紅のロングスカートと、淡いクリーム色のセーター。それにスカートと合わせたのか、やはり黒に近い、深い赤の、丈の短いジャケットに身を包んだ双葉が立っていた。
「……遅れて、ゴメン」
「い、いや……」
「お姉さま、すごく可愛いです〜」
 鞄からひょっこり顔を出した若葉ちゃんが、双葉を見て言った。
 うん。
 確かに、可愛い。
 いや、可愛いと言うより。


 綺麗だ。


「……なにジロジロ見てるのよ」
 照れた顔で、僕を睨む。
「いや……朽木も……女の子だったんだなあって」
「なんですって!」
 怒った表情で右手を振り上げる双葉。
「うん、そっちの方が双葉らしいな」
 僕は頷く。
 次は本当に殴ってくるのかと待ちかまえたが、いつになっても攻撃は来なかった。
「……やっぱ、こんな格好で来るんじゃなかった……」
 双葉は、落ち込んだ表情でうつむいていた。
「高崎先輩、ダメですよ、落ち込んじゃいましたよ」
 若葉ちゃんが僕に小声でささやく。
 う、言い過ぎたかな。
「あ、いや、その……あまりに朽木のイメージと違うからそう思っただけで、うん、似合ってると思うよ」
 慌てて弁解する僕。
「……そう?」
「そうだって」
 僕は力強く頷く。
 ……なんでこんなご機嫌取りをしなくちゃならないのかは、わからないけど。
「よかった。初めて着るから、ホントに似合ってないのかと思ったわ」
 胸に手を当てて安心する双葉。

 双葉って……こんなヤツだったか?

「こんなお姉さま、初めてです。なんか、違う人みたい」
「やっぱ、若葉ちゃんもそう思う?」
「はい」
 僕は鞄から顔を出している若葉ちゃんと、顔を見合わせた。
「じゃ、気を取り直して、行こっか」
「へ? どこに?」
「どこにって……決めてないの?」
「うん、まあ……」
「あ、そう」
 呆れた顔をする双葉。
「……じゃあとりあえず、適当なとこで、お茶しましょうか」
 双葉はそう言って歩き始めようとする。

 ……が。

 どこか、ギクシャクして歩きづらそうだ。

「朽木」
「な、なによ」
「お前、ヒールの高い靴って、履いたこと無いのか?」
「え?」
 ハイヒールの靴に戸惑っているのか、おっかなびっくり歩いているように見える。
「そ、そんなことないよっ」
 そう答えて双葉は普通に歩き出そうとする。

 ……が。

「わた、たたっ」
 いきなりバランスを崩した。
「おっと」
 慌てて双葉の身体を支える。

 ぎゅっと。

 双葉を抱きかかえる格好になった。


「ご、ごめん……」
「いや、かまわないけど」
 セーター越しに感じる、微かな胸の感触。
 何となく、心地よいような。
「と、とりあえず、僕に捕まって歩けよ。な?」
「う、うん……ごめんな」
 双葉は僕の腕に手を回し、寄りかかるような格好で歩く。
「で? どこ行こうと思ったんだ?」
「うん、あっち」
 双葉は右手で方向を示す。
「ん、わかった」
 道行く人が、こっちに視線を向ける。
 確かに他から見たら、恋人が腕を組んで歩いてるように見えるのかもしれない。
 それに、何も知らないヤツが双葉を見たら、やっぱ可愛いと思うんだろうな。
 違う、美人か。


 双葉はそんな視線に気づくこともなく、ただ歩くことだけに集中している。


 どうして双葉は、わざわざこんな格好で現れたのだろうか?

 女の気持ちは、よくわからん。





 つづく。

















 俺が望む中書き

 えーと、後書きじゃないので中書き、です。
 今度は本当に、途中です(苦笑)
 とっとと続きを書こうと思います。
 では。

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