グリーングリーン Side Story ちっちゃいってことは?(3)
12月24日(2)
双葉の案内で、僕たちは喫茶店に入った。
「ここのアールグレイがね、美味しいのよ」
「ふーん、そうなんだ」
そう言われても、僕は紅茶のことなどさっぱりだ。
アールグレイが紅茶の種類だってのを知っているだけでも、誉めてもらいたい。
「ご注文は」
「アールグレイ2つ、ミルクで。それと……チョコレートケーキ2つ」
「かしこまりました」
さっさと頼む双葉。
……僕の発言権は無しですか。
「そうそう、学校の方は、どう?」
双葉は何事もなかったかのように尋ねてきた。さっき歩くのに必死だった表情は、既にどこかにいってしまっている。
……まあ、そういうやつだしな。
「ああ……来年度から女子が入るのは確定になったらしくて、今女子寮の拡張工事とかやってる」
「ふーん、そっか。じゃあ……編入も、きまり、かな」
「ん? やっぱり来るんだ」
「なによ、来ちゃ悪いわけ?」
不機嫌そうに腕を組む双葉。
「い、いや、そんなこと無いよ。ただ自分で言うのもなんだけど、あんな学校に、さ」
田舎の、オンボロ男子校。
まるで、監獄のような。
「うーん、やっぱ、家への反発、かな」
「反発?」
「お姉さまは、朽木家の長女ですから。それはそれは大切に、育てられたんですよ」
鞄から顔を出した若葉ちゃんが、横から口を出した。
「……するとこうなるのか……」
「なにか言った?」
「いや、別に」
僕のつぶやきが聞こえたらしい。
「お姉さまは、朽木家で久しぶりの女性。そして近年例の無いほどの力を持ってるんですよ。その力で、私も創られたんです」
「そんな力を……ねえ?」
僕は双葉をじっと見る。
どう見ても、少し……いや、かなりわがままなだけの、普通の女の子に見える。
けれど、現実に若葉ちゃんがこうしている以上、不思議な力を持つことは、確かだった。
「何ジロジロ見てんのよ」
「いや、その……」
見ていた理由に答えられず、目を逸らす僕。
「……そんなに、おかしい?」
「え?」
「あたしがこんな服を着るのって、そんなにおかしいかな」
「え、いや、そう言う意味で見てたんじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「朽木のどこに、若葉ちゃんを創り出すような力を秘めているんだろうなって。そう思って」
「……そう言われてもね」
双葉はため息をつく。
「あたしの力は、生まれつきだから。そりゃあ、力を引き出すための方法は、少し学んだけどね。でも、自分でもわからないの。なんでこんな力を持ってるんだろうって」
「……そうなんだ」
「この力がうっとおしいって思ったことも、何度もあるわ。この力のせいで、朽木家に生まれたせいで、あたしは、ずっと家に縛られてきたから」
「お待たせしました」
話しに水を差すようなタイミングで、店員が紅茶とケーキを持ってきた。紅茶のほうは、ティーカップと、お湯の入れられたよくわからない容器が置かれる。
「あ、飲み方はわかるから」
飲み方の説明をしようとする店員を遮って、双葉が言う。
「かしこまりました。ではごゆっくり」
「僕はわからないんだが」
「はい、じゃあ説明するね」
店員が去った後、双葉が飲み方について説明を始めた。
「ここに、紅茶の茶葉が入ってるの。で、このレバーを下げると、茶葉が下のお湯に沈むってわけ」
「ん……ティーバッグが上についてる感じ?」
「まあそうね。で、3分経ったら引き上げる」
「……なんで?」
「ずっと沈めといたら、お茶がどんどん濃くなるでしょ?」
「あ、そっか」
「あったま悪いわねー」
「うるせーな、そんなの飲んだこと無いんだよ」
「ま、いいわ。で、引き上げたらカップに入れて飲む。と」
僕は双葉に従ってレバーを下げ、茶葉を沈める。
「ほんとはこれだと茶葉が踊らないから、イマイチなんだけど」
「踊る?」
「紅茶は本来、茶葉にお湯をかけるものなのよ。こう……茶葉にお湯を通して……」
「ふーん」
わかったようなわからないような。
しかし。
双葉ってこんなに紅茶にうるさかったんだなあ。
「はい、3分」
双葉に従い、レバーを上げる。
そして、やはり双葉のまねをして、カップに注ぐ。
……いい香りだ。
ちょっと癖がある香り。
双葉は紅茶を口にすると、満足そうな笑みを浮かべる。
僕も、口を付ける。
「ん……」
「どう?」
「……苦い」
「苦い?」
「砂糖が欲しいかな」
そう言って砂糖に伸ばした僕の手を、双葉が遮る。
「だめだめ、砂糖なんて入れたら美味しくなくなるでしょ」
「でも、苦いよ」
「あーっ、もう。だって麦茶にも砂糖、入れないでしょ?」
「……小学生までは、入れてたかな」
「えーっ、信じられないよーっ」
「だって、甘くて美味しいじゃん」
「あー、わかったわかった。まだ味覚が子供なのね」
「……なんだそのバカにしたような顔は」
「べっつにー」
「……なんかむかつくな」
「高崎先輩。ケーキと一緒に食べればいいんですよ」
「お、若葉ちゃん頭いいね」
「高崎が、バカなのよ」
「なにおう!」
「まあまあ……でもお姉さま、楽しそうですね」
「え? そう? ……そんなこと、無いと思うけど」
「いいえ、高崎先輩と話しているお姉さまは、すごく楽しそうです」
「そ、そんなこと無いったら」
「朽木、顔、赤いぞ」
「う、うるさいっ、黙って飲みなさいっ」
「お、おう……」
双葉の迫力に押され、僕は黙って紅茶に口を付けた。
確かにチョコレートケーキと交互に飲むと、それなりに飲める。
香りに癖はあるが、それが悪い、というわけではないし。
「なあ……朽木」
「なあに?」
「若葉ちゃんの、ことなんだけど……」
「ああ……」
僕が本題に入ろうとすると、双葉は少し寂しげな顔をした。
……ように見えた。
「で、決めたの?」
「え?」
「若葉よ。このままにしておく? それとも、大きくする? あたしの力なら、多分出来ると思うけど」
そっか。
そう言う問題が……あったんだな。
「どうしようかな……」
「アンタ……まさか考えてないの?」
「うん、まったく」
「あっきれた〜。なんのためにあたしがここまで来たと思ってるのよ」
「うう……ごめんなさい」
ペコリ。
「お姉さま。お姉さまは、どうすればいいと思いますか?」
「あたし? あたしは……どっちでもいいわよ。関係ないもの。それより、若葉はどう思ってる?」
「私……ですか? 私は……」
若葉ちゃんは首を傾げて考える。そして、双葉を見た。
「私は……元の大きさに、戻りたいです。元の大きさに戻って、高崎先輩のお役に立ちたいです」
「若葉ちゃん……」
「私は、人のお役に立つために作られた式神なのに、今までずっと、高崎先輩の足を引っ張ってきました。ですから……」
「はいはい。若葉は、そう思ってるわけね。で、高崎はどうする?」
双葉が僕の方を向く。
今、元の大きさに戻れば、確かに若葉ちゃんは僕の役に立とうと、一生懸命いろんなことをしてくれるだろう。けれど……。
「僕は……今のままでいいよ」
「高崎先輩?」
「ここで若葉ちゃんが大きくなったら、僕たちは、きっと一緒にいられないと思う。だって、鐘の音学園が共学になるのは、来年度からだから。それまで、若葉ちゃんはどこにいればいいんだ? どこにも、隠れられるところなんてないんだから。だったら、このままでいい。ずっとこのままなら、僕は若葉ちゃんと、ずっと一緒にいられるから」
「高崎……」
「高崎先輩……」
一瞬の沈黙。
「はいはい。高崎って、本当に若葉のことが好きなのね」
呆れた調子で、双葉が言った。
「せっかく、若葉を連れて帰れるかと、思ったのにな」
「え?」
僕と若葉ちゃんは、驚いた顔で双葉を見た。
「そんなに驚かないでよ。別に家には『若葉が眠りから覚めました』って言えば、いい話しだし。それに……」
双葉は、僕の方を見た。
「……若葉を一度連れ帰れば、あたしにもチャンスがあるかな? って……」
「は?」
チャンス?
「な、なんでもないよっ」
顔を赤らめる双葉。
まったくこいつは、よくわからん。
不意に若葉ちゃんが、ハッとしたような表情をした。
「お姉さま……もしかして、高崎先輩のこと……?」
「ちっ、違うわよっ。な、なんであたしが、こんなやつとっ」
双葉は、明らかに動揺している。
も、もしかして……。
ま、マジですか?
「うう……」
双葉は照れた表情で、上目遣いに僕を見つめる。
今まで思っていた双葉からは、想像もつかない表情。
それ故に、新鮮で……。
可愛い。
「だっ、だめですお姉さまっ。それだけは、だめですっ」
若葉ちゃんが、鞄から飛び出した。
テーブルに乗り、双葉の前に立つ。
「いくらお姉さまでも、これは譲れません。私は、式神失格と言われても、高崎先輩のことが、誰よりも好きなんですっ」
「若葉ちゃん……」
「若葉……」
驚いた表情をしていた双葉が、ゆっくりと若葉に手を差し出す。
「あんたって、本当に式神失格ね」
「うう……ごめんなさいです……」
「……わかったわよ。もう邪魔しないから」
「ほんとですか?」
「ええ、本当。だって、あたしの入る隙間なんて、どこにもなさそうだしね」
双葉は、若葉ちゃんに微笑みかける。
「若葉……あんたなら、人間に、なれるかもね」
「え?」
「……どういう、ことだ?」
双葉の言葉の意味がわからず、僕たちは問いかける。
「昔ね、人間になった式神が、いたらしいわ。あたしもお父様に昔話で聞いただけだから、確証はないけどね」
「人間に……なれる……」
その言葉を、僕は反芻する。
「ま、本当にただの昔話かもしれないけど、追ってみるのも、いいんじゃない?」
そう言って双葉は、僕を見て微笑んだ。
その後僕たちは、色々なことを話して、喫茶店を出た。相変わらず双葉は歩きづらそうにしているため、僕たちは双葉の家まで送っていくことにした。
「ここよ」
「へえ〜」
電車を乗り継いで2時間。双葉の家は、さすがに豪邸と言わんばかりの大きさだった。思わず見とれてしまう。
「じゃあ、帰るから」
門の前まで双葉を送ると、僕は言った。ここからだと、すぐに帰っても結構遅くなってしまう。
「あ、高崎」
「ん?」
「ちょっとの間だけ……若葉を元の大きさに戻そうか?」
「え?」
「本当ですか! お姉さま! っととと」
若葉ちゃんが驚いて鞄から身を乗り出し、危うく落ちそうになる。
「そんなこと……出来るのか?」
「多分……2、3日だけだと思うけど……うん、ほんのわずか、あたしの力を注ぐだけだから」
「風船に、空気を入れるようなものか?」
「嫌な例えね……でもま、そんなものかな。ちょっと若葉、貸してくれる?」
「あ、ああ」
僕は若葉ちゃんの入った鞄を、丸ごと双葉に渡した。
「け、結構重いわね」
「大丈夫ですか? お姉さま」
若葉ちゃんが心配そうな目で、双葉を見る。
「な、なんとか……、じゃ、ちょっと待ってて」
「あ、すぐ出来るんじゃないのか」
「バカ、ここで若葉が大きくなったら、服はどうするの?」
「え? あ……そっか」
道ばたでハダカになるのはまずいな。
寒いし。
「と、いうわけで、待っててね」
双葉は歩きづらい靴に加え、重い鞄を抱えているため非常に危なっかしく見える。
「だ、大丈夫か?」
僕の言葉に、双葉は手を挙げて答えた。なんとか壁を伝って歩いていけるようなので、僕は少し安心した。
……20分後。
「お待たせしました〜」
タッタッタッと駆けてきたのは、まさしく若葉ちゃんだった。
デニム地のつなぎとクリーム色のセーター。つなぎには大きなポケットがついている。そしてそこから、サボテンが顔をのぞかせている。
「高崎先ぱ〜い」
ギュッと、抱きつかれた。
「いでででででっ」
腹部に刺されたような激痛が走る。ってか刺されたのだが。
「ああっ、嬉しくてサボテンをポッケに入れたまま抱きついてしまいましたっ」
若葉ちゃんは慌てて離れる。
「まったく、ちょっとは考えなさいよ」
後ろから双葉が現れた。彼女もGパンにGジャンと、動きやすい格好に着替えている。
「はい、鞄」
「お、おう」
双葉から、鞄を返してもらう。
「それに、若葉の着替えとか入ってるから」
「あ、サンキュ」
「それと、期間は3日。3日後の日没で、元に戻るから」
「ああ、わかった」
「……ちゃんと、大事にしなさいよ」
「……わかってるよ」
「若葉も、ちゃんと高崎のこと、捕まえておきなさいよ。じゃないと来年、奪いに行っちゃうからね」
「ええっ、それはだめですよう〜」
若葉は本気で困った顔をする。
「じゃあ、また会いましょ」
「そうだな、また。行こう、若葉ちゃん」
「はい、高崎先輩」
僕たちは手を振って、双葉と別れた。
「ね、高崎先輩」
「ん?」
「なんか、嬉しいです」
そう言って、若葉ちゃんは僕の腕に手を回してきた。
「さっきお姉さまがこうやって掴まっていたとき、羨ましかったんです」
「そっか」
「今なら、こうやって私も腕を回せますよ」
「そうだね」
嬉しそうな若葉ちゃんの笑顔。
久しぶりに見た、彼女の心からの笑顔かもしれない。
僕たちは夕暮れの中を、駅に向かって歩いていった。
俺が望む中書き
えと、まだ続きます。