グリーングリーン Side Story ちっちゃいってことは?(4)
12月24日(3)
「あ……」
僕は切符売り場の料金表を見て、愕然とした。
「どうしました? 高崎先輩」
「電車賃……足りない……」
「え?」
考えたら、行きは1人分だったが、帰りは若葉ちゃんの分まで必要だったのだ。送る時は若葉ちゃんが大きくなるなんて、気にもしなかったから。
「どうしましょう?」
「……とりあえず、行けるところまで行ってから、残りを歩こう」
僕は、そう言って切符を2枚買った。
結局4つほど手前の駅まで買い、僕たちはそこで降りた。
知らない駅前の風景が、僕たちの前に広がっている。
「歩いたら、どのくらいかかるかな……」
ちょっと考えてみる。
道もよくわからないし……。
はあ。
……ため息しか出ないな。
「私は、高崎先輩と一緒なら、どこまでだって歩けますよ」
若葉ちゃんが、そう言って僕に微笑みかけた。
「そうだな。なんとかなるだろ」
僕たちは北風の中、家に向かって歩き出した。
結局、僕たちが家に辿り着いたのは、午後9時を回った頃だった。両親にはこっぴどく叱られた上、若葉ちゃんの説明をするのに、これまた苦労した。トラブルを適当にでっち上げ、説明し、ようやく納得してもらった。
……よくよく考えたら、父親に迎えに来てもらえば良かったと、後になって気づいた。
「じゃ、ここが双葉ちゃんの部屋ね」
「ありがとうございます。お母様」
「いやだねえ、お母様なんて」
何照れてんだ、うちの母親は。
「さ、寒かっただろ、とりあえず風呂入っちゃいな」
「え? でも、高崎先輩が先に……」
「いいんだよ男は後で。ささっ」
母親は、にこやかに若葉を風呂場へと案内する。
納得してしまえば、なんだかんだで楽しそうだ。
「でも、祐介が女の子を連れてくるとはねえ。驚いたよ」
妙に嬉しそうな母親。
「ま、ちょっとトラブルだったからね。3日後には何とかなるようだし」
「旅行中にトラブルねえ……女の子の1人旅は危険なんだから、気をつけないと」
若葉は冬休みに1人で東京に来たところを置き引きにあって困った、ということにしてある。家族は海外にいて、帰ってくるのは3日後、というわけだ。
「困ったときはお互い様だからね。ま、いいってことさ。でも、困ったときに祐介を頼ってくるなんて、よっぽど頼られてるんだねえ」
「偶然だよ偶然」
うそぶく。
「ま、3日間、しっかり面倒見るんだよ。ついでに観光でもしたらどうだい?」
「ん……考えとく」
「つまんない返事だねえ」
興味津々の母親にため息をつき、僕は部屋に戻った。
コン、コン。
「お風呂、あがりましたよ」
戸の向こうで、若葉ちゃんの声がした。
「ん、サンキュ」
僕は答えると、風呂場に向かった。
「っくーっ」
僕は湯船で顔を洗う仕草をする。親父クサイと言われるかもしれないが、好きなものはしょうがない。
「……3日、か……」
若葉ちゃんが今の大きさでいられる時間。
有効に、使わないとな。
「っしゃ!」
僕は気合いを入れると、湯船から出た。
12月25日(1)
「高崎先輩。朝ですよ」
「うーん……もう少し……」
「うう……お母様から『絶対に起こせ』って言われてるんですよう。お願いします、起きてください〜」
「もう、仕方ないなあ」
目を開ける。
目の前に、若葉ちゃんの顔があった。
「あ、起きましたね。よかった」
若葉ちゃんの笑顔。
ほんのわずか顔を上げれば、キスできてしまいそうなくらいの距離。
吐息が、顔にかかる。
心臓が、朝一番から派手に鳴りだした。
「もう朝御飯出来てますからね。早くしてください」
若葉ちゃんは僕の思いに気づかないのか、そう言って顔を上げた。気がつくと若葉ちゃんは、昨日の服装にエプロンをしていた。
「うーい」
僕は動揺を気づかれないように返事をした。
まだ鼓動は、治まらない。
何とか平静を取り戻し、居間に行くと、既に家族が揃っていた。
「おはよう」
「お、寝ぼすけが来たか」
「なんだい、若葉ちゃんが朝から働いてるってのに、お前はのんびり朝寝坊かい?」
「悪かったな」
「お母様、洗濯物干し終わりました」
「ああ、ありがとう。じゃ、祐介も来たからご飯にしようか」
「はい、お母様」
若葉ちゃんはニッコリと笑う。
「なに、ずっと手伝ってたの?」
「はい、久しぶりですから。やっぱり人のために働くのって、楽しいですね」
若葉ちゃんは心底嬉しそうに微笑む。
「ま、ほどほどにな」
僕はぽんっと若葉ちゃんの頭に手を置いた。
「は、はい」
若葉ちゃんの顔が赤くなる。
やっぱ、可愛いな。
「せっかく来たんだから、どこか観光でも行ってきたらどうだ?」
食事中、口を開いたのは父親だった。
「若葉さんも、せっかく東京まで来たのに何も出来ないんじゃ、かわいそうだろう?」
「そうなんだけどね……」
「わかってるよ祐介、ほら」
そう言って父親は、黙って僕に小遣いを渡してくれた。
「これでどこか、行って来るといい」
「マジ? やりい。若葉ちゃん、どこ行きたい?」
「わたしは、高崎先輩が行きたいところで、いいですよ」
「またこの子は、いじらしいねえ。さっきも掃除から洗濯まで手伝ってくれたし」
「私は、人様のお役に立つのが、好きですから」
「ホントにいい子だねえ。祐介、この子を嫁にもらえないかね?」
ぶっ。
思わず飲みかけの味噌汁を吹き出した。
「冗談よ。ホントにこの子は……」
そう言って母親が笑う、つられて父親と、若葉ちゃんも。
ま、いいんだけどね……。
12月25日(2)
「行ってきます」
「いってきまーす」
朝食の後、僕たちは家を出た。若葉ちゃんは、昨日と同じように胸のポケットにサボテンを入れている。が、今日は棘が刺さらないように、革製のカバーを着けている。
「これを着けていると、少し息苦しいんですけどね……」
「うん、でも東京は人が多いから、迷惑かけるわけに行かないだろ」
「そうですよね。それで、どこに行くんですか?」
「うーん、若葉ちゃんだと、やっぱ植物とか、多い方がいいかな、と思うんだけど」
「え? ええ? いいですいいです。そんな気を使わなくても。その……高崎先輩の行きたいところでかまわないです。全然かまわないです」
「そう? でも……女の子とどこか行ったことなんて、ないからなあ……」
僕は頭を抱える。
「ま、適当に回りますか」
「はい!」
若葉ちゃんはニッコリと微笑む。本当に僕とならどこでもいいみたいだ。
考えるのがばからしくなるくらい。
「じゃ、行こうか」
僕は手を差し出す。若葉ちゃんは僕の手をぎゅっと握る。
そうして僕たちは歩き出した。
そして、やってきたのは、浅草。
東京と言えばやっぱ下町だろう。
なんて。
東京都民ではない自分も、来たのは初めてだが。
駅からは、人の流れに従って歩く。そうすれば、大体は目的地付近にたどり着く。
……ときどき、間違えたりするけど。
「人がたくさんいますねー」
若葉ちゃんは人の山を見て、目を丸くしている。
「まあ、こんなもんだろ?」
僕たちは、そんな会話をしながら商店街を抜けていく。
と、
「おっ、そこのお二人さん、人力車いかがですかっ」
と、粋な格好をしたお兄さんが声をかけてきた。
「人力車?」
「そう人力車、この私がですね、お二人を人力車で引きながら浅草の街を案内するっていうんですけどね。どうです?」
「うーん……」
「あ、料金はこちら。ええ、追加料金はいただきませんし、もしよければ延長も可能ですよ」
お兄さんは熱心に薦めてくる。
まあ……父親からもらった小遣いがあるから、無理じゃ無いけど……。
と、若葉ちゃんを見ると、きょとんとした顔をしている。
ああ、人力車がわからないのか。
僕も乗ったことは無いけど……せっかくだから乗るか。
僕たちには、3日しかないのだから。
それまでに、いろんなことをしよう。
「じゃ、じゃあ……この、60分コースで」
「毎度、ではこちらへどうぞ」
と、お兄さんに従って歩いていくと、交差点にいくつもの人力車が並んでいた。
「ではお乗りください。あ、レディーファーストで」
と、お兄さんは若葉ちゃんを促す。
「え? いいですいいです。高崎先輩から先乗ってください」
「いやいいから。ほら、先乗って」
こんなところで遠慮されても困るので、若葉ちゃんを先に行かせる。
若葉ちゃんは申し訳なさそうな顔をしていたが、渋々と先に乗った。
「はい、では出発しますよー」
人力車が走り出す。
「うわあ、気持ちいいですね」
車より遙かに遅いスピード。けれどそのスピードが、12月の風を柔らかくしている。
「今日は天気も良くて風もないから、気持ちいいでしょう?」
引きながらお兄さんが尋ねる。
「そうですね。気持ちいいですよ」
僕も、笑顔で返す。
「本当はカメラを持っていれば、こう、撮影とかするんですけどね」
「あ、そうだったんですか」
ちょっと残念。
「はいでは、続いていきますねー」
人力車は進む。
「ここが、日本最初のハンバーガー屋さんなんですよ。ホットドッグって書いてますけどね。売っているのはハンバーガーなんです」
「で、ここが浅草ロック。ロックと言っても音楽のロックじゃなくてですね。1区、2区……と続くうちの『6区』がこの辺りなんです」
「ここの店、安くて美味しいんです。良く私たちもですね、来たりするんですよ」
「あそこが有名な花やしき。よくジェットコースターが怖いって言われますけどね、一番怖いのは、あのタワーです。ほら、今にもワイヤーが切れそうでしょう?」
時折冗談を交えながらも次々とお兄さんが案内をしていく。ホント、知らないことばっかりだ。
これなら安いかもしれない。
……貧乏学生には、安易に手が出ない値段だけどな。
そんなこんなで、あっと言う間の1時間が過ぎた。
「本日はご利用いただき、まことにありがとうございました」
「いえこちらこそ、楽しかったです」
僕たちは深々とお礼をする。
僕達はアンケートはがきと携帯ストラップをもらった。なんでも1時間以上はストラップがもらえるらしい。
「PHSに着けられますね」
「まあ……僕はそうするけど、若葉ちゃんは?」
「うーん、どうしましょう? 植木鉢に着けましょうか?」
「……あんまり意味無いんじゃないかな」
「うみゅ〜」
どこに着けようかと、頭を抱える若葉ちゃん。
「……別に、そのまま持っていても良いんじゃないかな」
「そうですね。そうします。……大切にしますね」
若葉ちゃんは笑顔で僕を見る。
「うん」
僕は嬉しくて、笑顔で頷いた。
12月25日(3)
僕達はその後、『亀十』のどらやきを買い、二人で食べた。ふんわりと柔らかく、普段食べているどらやきとはまるで違う。
「美味しい」
「おいしいですねー」
若葉ちゃんも気に入ってくれたようだ。
「さーて、次はどこ行こうかな」
「わたしは、どこでもいいですよ……高崎先輩と、一緒にいられれば」
若葉ちゃんは照れたような表情で僕を見る。
その顔を見て、思わず僕も赤くなった。
「大丈夫ですか? 高崎先輩、顔赤いです」
「あ、いや、大丈夫だよ」
僕の顔をのぞき込む若葉ちゃんの顔を見るのが恥ずかしくて、僕は顔をそむけ、空を見上げた。
「……いい、天気だな」
「そうですねー。さくらさんも『こんなに天気がいいなら、葉を落とすんじゃなかった』って言ってますよー」
「そうだね。そのくらい、いい天気だ」
12月とは思えないほどの暖かさ。
「じゃ、とりあえず歩こうか」
「はい」
僕達は、手をつないで歩き出した。
僕達は浅草から池袋に戻った。夕飯などは、昔から良く来ている池袋のほうが楽だと思ったからだ。
着いた頃は夕方だった。僕達は何をするでもなく、洋服や雑貨を見て歩いた。いつしか気温も下がり、冬らしい冷たい風が吹き始めていた。
「さすがに寒いな」
「うーん、寒いですかー。じゃあこうしましょう」
言うなり、若葉ちゃんは腕を絡ませてきた。
「わ、若葉ちゃん?」
「こうすれば、少しは暖かいですよねー」
「ま、まあね」
腕から伝わる、若葉ちゃんの胸の感触。
若葉ちゃんはサボテンが僕に当たらないように、体勢をうまく調整しているようだ。もっとも、今日は多少当たったところで痛くはないが。
「えへへ。昨日と同じです」
嬉しそうな若葉ちゃんの顔。
そうだったな。
僕は、若葉ちゃんのそんな顔が見たかったんだな。
「どうかしましたか? なんだか嬉しそうな顔をしてますけど」
不思議そうな顔をして、若葉ちゃんが僕をのぞき込む。
「いや……若葉ちゃんとこうして腕を組んで歩けるのって、嬉しいなって思って」
「はい、私も嬉しいです」
若葉ちゃんは僕に向かって、最高の笑顔を見せてくれた。
12月25日(4)
夕飯は『洋面屋 五右衛門』で食べた。若葉ちゃんはナポリタン以外のスパゲッティを食べるのは実は初めてのようで、驚きながらも美味しいと言ってくれた。
「今日は楽しかったですー」
帰りの電車で、若葉ちゃんは嬉しそうに言った。
「うん、僕も楽しかった」
「お姉さまのおかげですね」
「そうだな、後で朽木には何かお礼しないとな」
「そうですね。お姉さまはお花が好きですから、花束とか送ると喜ばれると思いますよ」
「そっか、覚えておこう」
窓の外は既に暗く、街の明かりが流れていく。
「あと、2日ですね……」
窓の外を見たまま、若葉ちゃんはつぶやく。
「そうだね。でも、若葉ちゃんがいなくなるわけじゃないから」
「そうです……けど……」
悲しげな目を見せる若葉ちゃんの頭を、僕はくしゃくしゃと乱暴に撫でる。
「きゃっ」
「そんな顔しないでよ。2日しかないなら、2日間は精一杯楽しもう。じゃないともったいないぞ」
「……そうですね。わたしも精一杯お洗濯したりお掃除したりします!」
「あ、ああ……そう……だね」
思わず苦笑い。
でも。
若葉ちゃんは、それでいい。
「な?」
「え? なんですか?」
「いや、なんでもない」
僕はそのまま、若葉ちゃんを抱き寄せた。
つづく
僕が望む中書き
うひい。遅くなって申し訳ないです。
遅くなった理由:デートシーンが思い浮かばなかったから。
彼女持ちの分際で言ってはいけない理由の気がしますが……。
ではでは、次回でそろそろ年末編クライマックスに。
きっと明日はレヴェルアップ(爆)
2002.02.25 ちゃある