グリーングリーン Side Story ちっちゃいってことは?(5)
12月26日(1)
「高崎先輩、起きてください。お母様が呼んでますよ」
若葉ちゃんの言葉に、僕は目を覚ました。
「うん?」
「なんか、出かけてしまうそうですけど。親戚に不幸があったとかで」
「え? うん、わかった。すぐ起きるよ」
とりあえず身体を起こす。
軽く頭を振ってみたが、どうも目が覚めない。
「祐介、まだ起きないのかい?」
「起きてるよ」
少し不機嫌な口調で返す。
「ちょっと田舎に行って来るから」
「は?」
なんでも祖母の妹──言い換えると、母親の叔母にあたる──が危篤とのことらしい。
「いつ帰ってこられるかわからないけど、留守番お願いね」
「お、おう」
「はいこれ。食費。無駄遣いしないのよ」
「わかってるよ」
僕は母親から食費を受け取る。と、あっと言う間に母親は父親と一緒に出ていってしまった。
「……大変ですね」
「うん、そうだね」
さすがにおばあちゃんの妹となると、顔も浮かばない。
「ま、そういうわけだから一日ゆっくりしようか」
「そうですね。じゃあとりあえず、ご飯にしましょう」
若葉ちゃんはニッコリと笑った。
朝食はワカメとジャガイモの味噌汁に納豆だった。ごく日本風の食事と言えよう。
「いただきまーす」
「はい、いただきますー」
僕と若葉ちゃんは、テーブルに向かい合って朝御飯を食べる。
「おいしいですねー」
「そうだね」
ワカメとジャガイモの味噌汁は、僕の好物だ。
鐘ノ音学園では、まず出ないメニュー。
「今日は、どうしようか」
おかわりのお茶碗を若葉ちゃんに渡しつつ、尋ねた。
「え? 高崎先輩の好きなところでいいですよー」
「そう毎回言われてもなあ」
お茶碗を受け取りつつ、考える。
「あ、そうだ。近くに大きな公園があるんだ。そこ行こうか」
「公園ですか? そうですね、それはいいですねー。お友達もたくさん出来そうですし」
「そうだね。そこは広いし、植物も多いからね」
「はい。楽しみですー」
「んじゃ、食ったら行こうか」
「はい!」
若葉ちゃんは、僕の言葉に元気良く返事をした。
12月26日(2)
僕は久しぶりに自分の自転車を引っぱり出した。
「ま、壊れてはいないようだな」
こういうものはしばらく使っていないとすぐガタがくる。今日行こうと思ってる公園は、さすがに徒歩だと時間がかかるので、自転車を使おうと思ったのだ。
「高崎先輩。戸締まりしてきましたー」
「ああ、サンキュ。じゃあ行こうか。後ろ乗って」
「え?」
若葉ちゃんが不思議な顔をする。
「いや、後ろ乗ってよ。あ、サボテンは前のカゴな」
「えーと……どう乗ればいいんですか?」
「あー……」
意外なことを知らないものだなあ。
「じゃ、行くよ?」
「あ、は、はい。大丈夫です」
ぎゅっと僕の背中にしがみつく若葉ちゃん。
二人を乗せた自転車が走り出す。
「きゃあっ」
「あ、ゴメン」
最初だけ少しよれたが、走り出せば安定する。自転車はそういうものだ。
僕たちは風の中を走る。今日は暖かく、春の風に近い。これなら公園を散歩しても、そんなに寒くはないだろう。
「気持ちいいですねー」
「そう? それは良かった」
僕は自転車をこぐスピードを上げる。
加速する自転車。
確かに気持ちいい。
冬なのに、公園は以外と人が多かった。
「なんだ、結構物好きが多いんだな」
「物好き、なんですか?」
不思議そうな顔で、若葉ちゃんは僕を見る。
「冬なのにさ、公園とか来て面白いのかなって思って」
「でも高崎先輩も、面白いと思って来たんでしょう?」
「……そっか、そりゃそうだ」
あはは、と笑う。
あはは、と若葉ちゃんも笑う。
「……少し、歩こうか」
「はい!」
なんとなく間が持たなくなったので、僕たちは歩き出した。
二人でゆっくりと、公園を歩く。
ランニングしているおじいさんとすれ違ったりする。
どちらからともなく、手をつないだ。
ちょっと、嬉しくなる。
「なんか、気持ちいいです」
「そうだね。気持ちいいね」
二人向き合って、微笑む。
こういうのを、小さな幸せって言うのだろうか。
僕たちは、公園のベンチに腰掛けて休憩した。
さすがにベンチは冷たかったが、買ってきた缶コーヒーで帳消しだ。
目の前の広場では、少年達がゴムボールで野球をしている。
「僕も小さい頃は、ここで野球をしたなあ」
「そうなんですか?」
「うん。体を動かすのは嫌いじゃなかったからね。決してうまくはなかったけど」
隣に座っている若葉ちゃんに、そう答える。
「小さい頃の高崎先輩、見てみたかったです」
「うーん、帰ればアルバムか何か出て来るんじゃないかな。帰ったら見てみる?」
「はい! ぜひ見たいです」
若葉ちゃんは、期待を込めた目で頷いた。
結局僕たちは公園を二周ほどした後、近くのファミレスで食事をした。取り立ててすることもなくなった(いや、歩いているだけで楽しいは楽しいのだが)ので、アルバムを見るために家へと戻った。
「あったあった。これこれ」
押入から埃の積もったアルバムを探し出した。確かこの青いのは僕の小さい頃のアルバムだったと思う。
僕はアルバムの埃を拭き取ると、居間のテーブルに置いた。若葉ちゃんが僕の隣にちょこんと座る。
ゆっくりと、アルバムをめくる。
「これは?」
「えーと、僕が二歳か三歳の頃の写真、じゃないかな」
積み木を両手に持って喜んでいる写真だ。
そう言えば昔から僕は、積み木とかブロックとかが好きだったらしい。
「可愛いですねー」
「そ、そうかな」
「そうですよー、とっても可愛いですよ」
若葉ちゃんにそんなこと言われると、思わず照れてしまう。
今の自分に言われているわけじゃないのに。
そんなことを思っている間にも、若葉ちゃんは一枚一枚、アルバムの写真を丁寧に見ていく。
アルバムを見て楽しそうに微笑む若葉ちゃんを見て、僕も微笑む。
彼女が何かに夢中になっている姿は、可愛い。
「あ、さっきの公園ですね」
若葉ちゃんが指した写真には、確かにあの公園で遊ぶ僕が写っていた。
歳は五歳くらいだろうか。子供用のビニールバットを持って構えているシーンだ。
「本当にやってたんですねー」
「あれ? 若葉ちゃん、僕の言葉、信じてなかった?」
「え? あ、そそそんなこと無いですよっ」
「いやそんな慌てて否定しなくても」
顔を赤くして否定する若葉ちゃんが可愛くて、僕は若葉ちゃんの頭をぽんぽんと叩く。
そして、
そのまま若葉ちゃんを抱きしめた。
「高崎先輩?」
「ん?」
「……どうしたんですか?」
「いや、若葉ちゃんが大きくなってから、しっかりと若葉ちゃんを抱きしめたこと無かったな、と思って」
「そうですか」
若葉ちゃんも、抱き返してくる。
お互いの腕に、力がこもる。
まるで、放したら二度と相手が戻ってこないかのように。
「あ、洗濯物」
若葉ちゃんが突然、思い出したように言った。
「お母様に取り込んでおくようにって言われたんでした」
「あ、じゃあ取り込まないと。僕も手伝うよ」
「いいんですいいんです。私が頼まれたことですから」
「僕が手伝いたいんだ。いいだろ?」
「うー……はい、お願いします」
若葉ちゃんの困ったような顔がやっぱり可愛くて、僕はまた、若葉ちゃんの頭をぽんぽんと叩いた。
「終わったら夕飯の買い物に行こう。若葉ちゃんは料理、できるの?」
「はい。朽木の家で仕込まれましたから」
「あ、そ。じゃあ楽しみにしてようかな。実は僕、料理苦手でさ」
「はい。張り切って作りますね」
「じゃあまず、洗濯物だ」
「はい!」
僕達は、二階のベランダへと向かった。
つづく
なかがき
何とも尻切れトンボですが、あまり出してないと心配されそうなので出しておきます(笑)
2002.03.15 ちゃある