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グリーングリーン Side Story ちっちゃいってことは?(6)




  12月26日(3)


「ふう」」
 僕達はベランダから洗濯物を取り込むと、近くのスーパーに買い物に行った。自転車に二人乗りで買い物に行く光景は、何だか二人で暮らしているみたいだと思った。
 買い物袋とサボテンをカゴに入れ、若葉ちゃんを後ろに乗せて走る。
 たったそれだけのことが、妙に嬉しかった。
「はい、では私が作りますから、高崎先輩はテレビでも見ていてください」
「ああ、ごめんね」
「いいんですいいんです。私は……その……高崎先輩のために、作りたいんです」
「うん。ありがとう」
「じゃあ腕によりをかけて作りますからね」
「うん、待ってる」
 僕は若葉ちゃんがエプロン(母親のエプロンだ。少し大きいみたいでちょっとバランスが悪い)をつけて台所に立ったのを見届けてから、居間に戻ってテレビをつけた。

 年末は普段見ているテレビもやっていないため、僕はぼんやりとバラエティー番組を見ていた。
 時々台所に耳を向けると、包丁の音やお湯を出す音、ガスコンロを点ける音などがリズム良く聞こえてくる。
 寮生活も長くなると、掃除や洗濯は一応出来るようになる。けれど食事は食堂で済んでしまう以上、料理だけは上達しにくい。
「料理も覚えるかなあ」
 ぼんやりと考える。
 まだ先のことは決めていないが、大学へは行きたいと思う。そしてそのときは、出来れば一人暮らしがしたい。そのためには、料理くらい出来ないと困るのではないか。
「若葉ちゃんの作業を見てたら、上手くなるかな」
 と、甘いことを考える。
 邪魔なのはわかっていたが、やはり料理をしている若葉ちゃんを見てみたい。
 ……それが、本音だ。
「テレビも飽きたし、と」
 僕は立ち上がると、台所を覗く。
「若葉ちゃん、どう?」
「あ、高崎先輩。もうちょっと待ってくださいね」
 若葉ちゃんは手一杯なのか、こちらを振り返らずに返事をした。
「いや、何か手伝えること無いかなって」
「そんな手伝うだなんて、高崎先輩にそんなことさせられません」
「だからさ、手伝いたいんだって」
「うーん……じゃあ福神漬けを適当な器に移してもらえますか」
「了解」
 僕はスーパーの袋から福神漬け(どうでもいいがやはり福神漬けは赤に限ると思う。あの体に悪そうな色がいいのだ……変だろうか?)のパックを取り出すと、適当な器に移した。
 ちなみにわかっているかと思うが、メニューはカレーである。いつ親が帰ってくるかわからないので、いつでも食べられるものを選んだ。
 それに、若葉ちゃんも得意だって言うしな。
 僕はする事もないので食器を取り出し、テーブルを拭いた。その間にも、台所からいい匂いが漂ってくる。
「後少しですから、座っていていいですよ」
 若葉ちゃんが僕を見て、ニッコリと笑った。





  12月26日(4)


 本日のメニューは、カレーライスとサラダ。以上。
 ……いや十分なんだけど。
「ちょっと、ご飯が失敗ですね」
「いいんじゃない? お腹に優しくて」
 少し水の量が多かったらしい。ちょっとべたっとする。
 カレーも煮込みが足りないらしく、少し水っぽい。
「それでも、美味しいよ」
 スーパーで買ったインスタントカレーを適当にブレンドしたのだが、結構いける。
「えへへ、ありがとうございます」
 僕の向かいで、若葉ちゃんは照れた顔をする。
「明日にはもっと美味しくなるかな」
「そうなんですか?」
「カレーはね、二日目が一番美味いんだよ」
「そうなんですかー、知りませんでした」
「じゃあ知っておいた方がいいな」
「了解です!」
 若葉ちゃんはびしっと敬礼。
「しかし、アレだな」
「……なんですか?」
「とげむらさんは、鍋を持つのにも便利だな」
「えへへ、そうなんです」
「いや、若葉ちゃんが照れなくても。えと、おかわり」
「はーい」
 僕が差し出した皿を、若葉ちゃんはにこやかに受け取った。


 結局僕は、もう一度おかわりをした。合計三杯。
 けれど鍋にはまだ山ほどカレーがある。これなら明日も安心だ。
「若葉ちゃん、お風呂沸いたから先どうぞ」
「いえそんな、お風呂まで沸かしてもらった上に先にだなんて。高崎先輩から入ってください」
「いやほら、若葉ちゃんには夕飯作ってもらったりしたし。ね、先入ってよ」
「そんな、だめです」
「どうしても?」
 僕の問いかけに、若葉ちゃんはうーん、と首を傾げる。
「わかりました。では、一緒に入りましょう」
「ああそれなら……って、い、一緒に?」
「はい。良くお姉さまと一緒に入ってました。私、お姉さまのお背中を流すのが好きだったんです
。だから、高崎先輩のお背中、流したいです」
「あ、いや、さすがにそれは……」
「……だめですか?」
 今度は逆に若葉ちゃんは上目遣いに問いかけてくる。
「あー」

 あの夜抱き合った仲だというのに、僕は何をためらっているのだろう。
 僕は、若葉ちゃんの隅々まで、あのとき知り尽くしたハズなのに。
 でも、何かが僕を押しとどめる。

「……じゃあ、条件付きで」
 結局僕は、妥協案を出すことにした。


「このバスタオルを身体に巻いて、取らなければいいんですね?」
「そういうこと。じゃあ先に入るから、ちょっとしたら来て」
「わかりましたー」
 若葉ちゃんを残して、僕は先に風呂に入る。
 うん、良い湯加減だ。
 僕はざっと身体を流す。
 と、戸の向こうで物音がした。
 磨りガラスの向こうに、若葉ちゃんがいる。
 衣が擦れる音が、水音に混じって微かに聞こえる。
 振り向くと、湯気とガラスの向こうに、若葉ちゃんのシルエットが見えた。
 それだけで、ドキッとする。
「おおお落ち着け祐介……」
 深く深呼吸。
「高崎せんぱーい、入りますよー」
「あ、え、お、おう」
 落ち着く間も無く、若葉ちゃんが入ってきた。
 もう緊張で、若葉ちゃんのほうを振り向くことが出来ない。
「じゃあお背中流しますねー」
 背中越しに、若葉ちゃんの声が聞こえる。
 ややエコーがかかった声が、妙に艶めかしく聞こえる。
 不意に脇から若葉ちゃんの細い手が伸び、洗いタオルを掴む。
 若葉ちゃんの吐息が、僕の首筋に触れた。
「じゃあいきまーす」
 ゆっくりとリズム良く、若葉ちゃんが僕の背中を流していく。
「やっぱり高崎先輩の背中は広いですねー。お姉さまとは大違いです」
「ま、まあそりゃ、男だし」
「そうですよねー。男の人ですものねー」
 若葉ちゃんの楽しそうな声。
「はいじゃあ前いきまーす」
「ままま、前?」
「まずは胸からー」
 若葉ちゃんはそう言って背後から手を伸ばす。
 結果的に僕に後ろから抱きつく形になる。
 僕の背中に柔らかい二つの膨らみが、押しつけられる。
「ややや、前はいい、いいから! 自分でやるからっ」
「えー、お姉さまとお風呂入ったときはこうやって洗ったんですよー」
「いやいや、いいからいいからっ」
 僕は半ば若葉ちゃんを引き剥がすように逃げ出すと、泡のついたままの身体を湯船に飛び込ませた。
「ああっ、まだ石鹸流してないのに」
「いいっ、気にしないでっ」
 風呂場の壁に顔を向け、悲鳴に近い声で僕は答えた。

 やばい、これ以上はやばい。
 これ以上は、自分が押さえられそうにない。

「……そんなに、嫌ですか?」
「そ、そんなんじゃないんだ。若葉ちゃん」
「ならこっちを見てください。私を見て、説明してください」
 若葉ちゃんの悲痛な声。
 その声に、僕は冷静になった。
 そりゃそうか。
 若葉ちゃんにしてみれば、良かれと思って純粋に行ったことを一方的に拒否されたようなものなのだ。ちゃんと説明しないと。
 僕はゆっくりと若葉ちゃんのほうを振り向いた。
 目の前に、バスタオル姿の若葉ちゃんがいる。
 踵を立てて正座している若葉ちゃんが、じっとこっちを見た。
「あの……その……」
 若葉ちゃんの姿が直視できなくて、僕は目を逸らした。
「どうして目を逸らすんですか? 私、何かしたんですか? 教えてください高崎先輩。私の何が悪いんですか?」
「若葉ちゃんが悪いんじゃない。若葉ちゃんは何も悪いことはしていない。それは信じてくれ。これは、僕の問題だから」
「……そう……ですか……」
 沈んだ声。
 寂しげな、そして悲しげな。
「え、えと、俺このままにしてるから先に身体洗っちゃいな……」
 ちゃぽん。
「え?」
 驚く間もなく、新たに入ってきた身体に押しのけられたお湯が湯船から溢れ出していく。
 そして。

 ぎゅっと、背中から抱きしめられた。

「……高崎先輩」
 耳元で、若葉ちゃんのささやく声がする。
「私を……愛してくれますか?」
「え? そんなのあたりま……」
 え。という言葉を遮って、若葉ちゃんの言葉が続く。
「私は、明日の日没で今までの小さな身体に戻ってしまいます。だからその前に、高崎先輩といろいろなことをしたかった。デートしたり、買い物へ行ったり、洗濯物を畳んだり、こうやって一緒にお風呂に入ったり」
「若葉ちゃん……」
「あとは、高崎先輩にたくさん抱きしめてもらいたい。愛されたいんです……あの、夏の日みたいに」

 声が、震えていた。
 そして、僕を抱きしめている腕も。

「……若葉ちゃん」
「……はい」
「わかったよ若葉ちゃん。今夜は、一緒に寝よう」
「……はい」
 僕の身体を、若葉ちゃんはもう一度強く、抱きしめた。





  12月26日(5)


「ふう……」
 僕はぐったりとして、若葉ちゃんの上に倒れ込んだ。重いだろうに、若葉ちゃんは僕の身体を愛おしそうに抱きしめる。
 僕はさすがに若葉ちゃんにのしかかっているのはまずいと思い、ごろんと脇に転がる……。
「とっとと」
 ……危うくベッドから落ちそうになった。さすがにシングルベッドで二人は狭いか。
「高崎先輩……」
 上気した顔で若葉ちゃんが僕を呼ぶ。かなり疲れた表情だ。そりゃ、あれだけやればな、とか思う。
「あれ?『祐介』じゃないの? さっきは僕のこと、そう呼んでただろ?」
「え? そ、そうでしたか?」
 若葉ちゃんは顔を真っ赤にして布団をかぶろうとする。
「ホント、若葉ちゃんはエッチのとき、性格変わるよね。なんか溜めているものがあるんじゃない?」
「やだ……高崎先輩のイジワル……」
 若葉ちゃんは完全に頭まで布団をかぶってしまった。

 本当は、何となくわかってるんだ。
 若葉ちゃんは本当に僕のことが好きで。
 純粋に、僕のことが好きで。
 僕のことを、愛したくて。
 そして、
 自分のことを愛してほしいから。
 だから、あんなに乱れるんだ。

「お互いに、恋愛のセオリーを知らないんだよな」
 天井を見て、つぶやく。恋愛にセオリーなんてあるのか知らないけど。
「若葉ちゃん」
 僕の言葉に、若葉ちゃんが布団からひょっこり顔を出す。
 他愛ない仕草が、可愛い。
「若葉ちゃんを抱きしめたまま、眠っていい?」
「……はい。高崎先輩。私のこと、ぎゅってしてください」
 照れた表情の若葉ちゃんを、僕は抱きしめる。
 そしてそのまま、眠りについた。





  12月27日


「高崎先輩……起きてください、高崎先輩」
 耳元で、若葉ちゃんの声がする。
「ん……」
 僕は、ゆっくりと目を開けた。
 そして、手を回しながら若葉ちゃんの方を向く。
 が、そこには若葉ちゃんの姿はなかった。
「あれ? さっき声がしたのに」
 僕は起きあがり、きょろきょろと若葉ちゃんの姿を探す。
「高崎先輩、ここですここですー」
 枕元から声がして、僕は嫌な予感を覚えつつ振り返った。
「えへへ、また小さくなっちゃいました」
 そこには、三十センチほどに縮んだ若葉ちゃんの姿があった。
「な、なんで? だって期限は今日の日没じゃ……」
「あの、夕べ高崎先輩に力を分け与えたのがダメだった見たいです」
 若葉ちゃんはてへ、と舌を出す。
「え? そんなことしてたの?」
「はい……その……高崎先輩を、もっともっと感じていたくて」
「あー」
 夕べ何故あんなにやれたか、理解した。
 若葉ちゃんが、俺に精を送っていたと、そういうことか。
「なにやってんだよ」
 あきれた表情の僕。
「ご、ごめんなさいごめんなさい」
 僕の表情を見て、あわてて謝りはじめる若葉ちゃん。
「……ま、またサボテンに戻るよか、いいけどね。たった一日早まっただけだし」
 僕は優しく、若葉ちゃんの頭を撫でた。
「高崎先輩……」
 若葉ちゃんは僕の指を、愛おしそうに抱きしめる。
「さ、お腹空いたな。昨日のカレーでも食うか」
「あ、はい、すぐ温め……られませんね、この身体じゃ」
「あははっ、まあいいさ。そのためにカレーにしたんだからな。今日は僕が全部やるよ」
 しょんぼりした顔の若葉ちゃんの頭を、笑いながらちょんちょんと叩く。
「ま、春にはできれば、自分で大きくなれるといいんだけど」
「は、はい。頑張ります」
「じゃ、服を着てご飯にしよっか」
「はいっ」
 若葉ちゃんの元気な声が部屋に響く。

 またしばらくはちっちゃいままだけど、それも春までだ。
 逆に今しか味わえないこの奇妙な時間を、存分に楽しもう。

 僕は、そんなことを思うのだった。




 end













  僕が望むあとがき


 長かった……。
 一応「ちっちゃいってことは?」の最終話です。まだ祐介と若葉ちゃんの話は続きますが、それは新学期ネタ、ということで。ここまでくるのに一ヶ月……僅か一ヶ月足らずの話なのに(笑)
 ああそうそう。エロネタは書けませんねー(笑)

#グリグリアンソロジーコミックでちっちゃい若葉ちゃんネタがあってヘコんでたのは内緒。

 では、次の作品で。

 2002.04.02 新学期はいっちまったよ ちゃある

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