君が望む永遠 サイドストーリー「君ができること、僕ができること」Ver1.00

#2

「いたた・・・」
 まだ頭がズキズキする。
 あの後起きたときには、十一時を回っていた。帰ろうと思ったが結局泊まっていけと言われ、客間に泊めさせてもらった。そして朝、シャワーだけ浴びさせてもらって直接ここに来たのだが・・・。
 ごすっ。
「邪魔」
 ぐっ・・・大空寺め、ここぞとばかりに攻撃しやがって。
「孝之さん大丈夫ですか〜。なんか顔色悪いです〜」
 玉野さんが心配そうな顔をする。
「ああ、いや、大丈夫だよ」
「そんな二日酔いは、ほっといていいさ」
「孝之さん、酔っぱらいなんですか〜?」
「いや、今は酔ってるわけじゃないんだけどね」
「ほら、コイツの側にいるとまゆまゆも酒臭くなるよ」
「は〜い」
 ぐうう、いつか然るべき制裁を加えてやる・・・。
 ズキズキッ。
 あ・・・ダメだ・・・今日は邪魔にならないようにシルバー磨きでもしていよう・・・。
「そんなとこでサボってんじゃないよ」
「サボってねえ!」
 グアンッ。
「あいたたた・・・・」
 叫んだだけでこれかよ。くそう。
 しかし、遙の飲みっぷりは、すごかったな。まったく顔色を変えなかったもんな。
 これから遙と飲むときは気をつけることにしよう・・・。
 俺はシルバー磨きをしながら、そう心に誓った。

 午後になって痛みはある程度ひいたが、今日はランチ後までのシフトだったのであがることにした。大空寺にはかなりの皮肉を言われたが、ここは我慢だ。
 それにしても、玉野さんの失敗が無かったのが不幸中の幸いだ。彼女も成長しているんだな、と思う。
 俺はバイト先から、自宅経由で遙の家へと向かうことにした。いつもは病院だが、今日はないので、暇だろうと思ったのだ。
「そうだ、ビデオでも借りてくか?」
 確かアクション映画が好きだったな。と考える。まあ、それ以外のジャンルはかえって自分がわからないので選択肢は無いのだが。・・・ホラーはヤバイだろうし。
 柊町のレンタルビデオ屋で適当に借りる。好みに合えばいいけど。


 ぴんぽーん。
「はい。どちら様でしょうか?」
 インターホンから声が聞こえる。茜ちゃんかな?
「あ、鳴海ですけど」
「あ、はい。お待ちください」
 しばらくすると、茜ちゃんが玄関を開けてくれた。
「こんちは。遙、いる?」
「ええ、部屋にいますよ。・・・あ。ちょっと、下で待っててくれますか?」
「うん、かまわないけど」
 俺は茜ちゃんの言うなりに今のソファーに腰掛ける。茜ちゃんは2階に駆け上がった。「お姉ちゃん。鳴海さんが来たよ」
「え? えーっ。今日は病院の日じゃないのに。どうしよう?」
「とりあえず、着替える?」
「うん、茜、お願いできる?」
「はいはい」
 話し声のあと、幾ばくかの物音。
 そっか、まだ遙は着替えも大変なんだよな。やっぱいきなり押し掛けるのは良くないな。今度から一報入れてから来よう。
 ・・・15分後。
「鳴海さーん、いいですよー」
「お、おう」
 茜ちゃんの声に従って、2階の遙の部屋へと足を運ぶ。
 コン、コン。
 一応ノックを。
「どうぞ」
 遙の声に従い、ドアを開けた。
「よっ」
「こんにちは」
 遙は、ベッドに腰掛けていた。今は普通の服を着ているが、さっきまでパジャマだったのだろうか。
「悪いな、いきなり押し掛けたりして」
「ううん・・・嬉しいよ」
「でも、来る前に連絡が欲しいですね。お姉ちゃん、さっきまで寝間着だったし、頭もボサボサだったしで大変だったんですから」
「ああ、ごめん」
 頭を掻きながら部屋を見ると、小さなテーブルの上にノートと参考書。
 三年前、俺と遙はここで勉強してたんだっけな。あのころは、俺も白陵大に進路変更したりして、やる気満々だったな。
「茜にね・・・勉強、教えてもらってるの・・・」
 俺の視線に気づいたのか、遙が説明した。
「教えるって言っても、そんなに分からない訳じゃないんですよ。大体私も進学希望じゃないから、あんまり勉強してないですし」
「でも、微妙に違っていて、結構難しいよ」
「そうかな・・・」
 首を傾げる茜ちゃん。
「まあまあ。やっぱ勉強って、他の人とやるとはかどることも多いし」
「そうですね。鳴海さんがそうでしたもんね」
「まあな。結局俺は大学には行かなかったけど・・・」
 ここまで言ったとき、遙がうつむいているのが目に入った。
「・・・ごめんね。孝之君」
 しまった。やはりまだ気にしていたんだ。
「遙が謝る話じゃないよ。大学行かなかったのは俺の問題だ。それよりも今は、遙に大学に行って欲しい。俺みたいに軽い気持ちでなく、本当にやりたいことがある人には、頑張って欲しいんだ」
「うん・・・」
 目に涙を浮かべる遙に、俺は強い口調で言った。
「あ、私、お茶煎れてくるね」
 気を使ってか、茜ちゃんが部屋を出ていく。
「あ、そうそう、遙が暇を持て余してると思ってさ。ビデオ借りてきたんだ」
 そう言いながら持ってきた袋を開ける。
「遙、アクションが好きだったよな? とりあえず『ラッシュ・アオー』と『カンパイ・ヌーン』を借りてきたよ。俺の好みで『ジョッキー・チェン』ものにしたけど」
「あ、私も『ジョッキー』好きなの。嬉しいな」
 遙が微笑む。
「よし、せっかくだから茜ちゃんと3人で見る?」
「そうだね。なら、居間の方がいいかなあ」
「だな。じゃあ、移動しようか。立てる?」
「うん・・・大丈夫」
 遙はそう言って、ゆっくりとであるが立ち上がる。
 何の支えも無しに。
 ああ、ずいぶん回復してるんだな。
「・・・? どうしたの?」
「いや、行こうか」
 俺は涙腺が緩みそうになるのをこらえると、部屋の扉を開けた。


 あの後、俺たちは映画を2本、立て続けに見た。
「面白かったね」
「ん、遙が満足したなら良かったよ」
「でもなんか、海とか山とか見ていたら、私も、行きたくなっちゃったな」
「お姉ちゃん・・・」
「もう少し体力がついたら、旅行にも行けるようになるさ」
 俺は元気づけるよう、笑顔で答える。
「うん・・・」
 それがいつになるかわからない。漠然とした不安が遙にはあるのだろう。
「な、昨日先生にも『もうすぐだ』って言われたじゃないか。大丈夫。頑張れば、すぐ行けるようになるって」
「うん・・・ごめんね」
 アクション映画を借りてきたのは、かえって逆効果だったかな。
 俺は悲しげな遙の顔を見て、そう思った。

 あの後、結局うまく話すことができず、俺は両親が帰ってくる前に涼宮家を出た。茜ちゃんがいたので、遙とキスができなかったのが残念と言えば残念だ。
 例えばキスひとつで、元気づけることもできたのに。
 俺は帰り道、遙に何ができるだろうかを考えた。俺は言葉で元気づけるしかできないのだろうか。それでも彼氏と言えるのだろうか。
 何が、できるのだろう・・・。
 答えは出なかった。

 翌日、俺は昨日の醜態を取り返すかのように働いた。大空寺は「そんなの当然さ」などと言っていたが、あれには後で冷凍の刑でも与えてやるとしよう。
 俺は合間を見て玄関の掃除をする。そのとき、ふと目にとまるものがあった。
 それは、自動車教習所の案内だった。比較的交通の便が良いこのあたりでは必要のないものだと思っていたが、不意に遙のことが頭をよぎった。
 免許を取れば・・・遙を乗せて移動できるな・・・。長く歩くことのできない遙を連れて・・・。
「これだ!」
「そこの単細胞生物、店の中で大声出すなや。客に迷惑さ」
 ぐぐぐ、大空寺めぇ・・・。
 でもまあ、俺も目標を見つけたからな。今日のところは我慢してやる。
 俺は教習所の案内を4つ折りにすると、ズボンのポケットにしまった。

「お疲れ様でしたーっ」
 俺はさっさとあがると、昨日借りたビデオを返却し、自宅へと戻った。
 フンフンフン〜。
 鼻歌を歌いながらカップラーメンにお湯を入れる俺。
 ・・・なんか、虚しい・・・。
「気を取りなおしてっと」
 大きくため息をついた後、改めて教習所のチラシを見る。
「ふむ・・・合宿免許・・・は、無理だな・・・まあシフトは比較的変えられるから・・・問題は・・・これか」
 俺の前に立ちはだかる『30万』の壁。
「今こそ使うときが来たか」
 俺は引き出しにしまってあった通帳を出す。
 いつか引越しをしようと、水月に内緒で貯めておいたへそくり。
 水月の言葉をのらりくらりとかわしていたのは、引越しの予算が確保できるまでのつなぎだったんだ。
 ・・・水月とは、別れてしまったけど・・・。
 ああもう、だからこれには手をつけたくなかったんだけどな。
 水月を思い出してしまうから。
 今俺の心には遙しかないとは言え、思い出が消える訳ではない。
 イルカとタコのカップに、やっと慣れたところなのにな。
 しかし、ここはためらう時ではない。
 早速明日休みだから、行ってみるか・・・。

続く